第54話

文字数 1,437文字

 水嶋の瞳をじっと見据え、村崎警部補は、森村直哉との関係について尋ねてきた。下手に隠すと余計に疑われるので、幸田志穂の事件を調べていると正直に告白した。もちろんテレパシーと美穂子の件を除いてではあるが。
「……あれは事件の前日でした。自分の営業している占いの館に幸田さんが来たんです。予約を受けていましたからね……もちろんその日が初対面ですよ。彼女は男性と二人でした。多分神林とかいう人だと思います。その翌日に幸田さんが自宅マンションから飛び落ちたというニュースをテレビで観ました。報道では事故か自殺ということでしたが、自分はそう思いませんでした。……理由ですか? 信じてはもらえないかもしれませんが、幸田さんを占った時に感じたんです。誰かから命を狙われていて、助けを求めていると。実際に甲相にもそう出ていましたし。あっ、甲相というのは……」
 それから、甲相占いについてとくとく解説したが、二人の刑事は話半分の構えで、真剣に聞こうとはしない。
 当然だ。水嶋だって信じてもらえるとは思っておらず、場当たり的に喋っているのだから。
「もう占いの説明は結構だから、あなたと森村との関係を教えてくれ」しびれを切らした村崎は、机を中指でトントン叩きながら、威圧的な態度で口を尖らせる。
「関係も何もありませんよ。ただ、幸田志穂さんの事を調べていくうちに、名前が挙がったに過ぎません。さっきも言いましたが、あなた方警察は幸田さんの転落事故を他殺とは思っていないんでしょう? ですから、代わりに私が真相を探っていたんです。善良な一般市民としてね。私を取り調べしている暇があるならば、先に神林を調べて下さい。きっと叩けば埃が出てくるはずです!」
 たかが一介の占い師にしか過ぎない水嶋がいくら喚いたところで、捜査方針が変わるとは思えない。だが、それでも逆らわずにはいられなかった。
 思った通り、「参考にさせていただきます」と言っただけで、小太りの警部補は取り合おうとはしない。警察とは所詮そんなもんだ。一度、事件性がないと判断されれば、よほどの証拠が出ない限り、蒸し返したりはしないものだと、改めて感傷にふける水嶋だった。

 屋良瀬署に連れてこられてから、トータル二時間ほどで解放されたが、それでも水嶋の容疑が晴れた訳ではない。むしろその逆だった。拘留しておくほどの証拠がないだけで、それらしき物証が出てくれば、いつでも確保できるような、脅しともとれる文句を吐かれた。
 携帯番号を用紙に記入させられ、長期の旅行などは出来るだけ控えるか、もしくは事前に連絡を入れるように念を押された。

 パトカーで送られ、ぐったりと疲弊しきった体を引きずるようにして事務所兼自宅の入ったビルに到着すると、美穂子が扉の前で壁にもたれかかっていた。うすら微笑む水嶋を見るなり飛びついてきた彼女は、瞳をうっすらと滲ませながら両肩を掴んできた。
 この時、たまたま彼女の左手に触れてしまったが、浮かんだ言葉は『ばか』であった。店はどうしたのかと尋ねると、水嶋が心配でそれどころではないとの答えだった。
「どうして携帯が通じないの? 何回もメールを入れたのよ」
 たしかにスマートフォンには美穂子からの着信やメールが十件以上届いていた。返信するつもりではあったが、疲弊した身体ではとてもまともな文章が打てそうもなく、通話する気力さえなかった。とにかく今は自宅でしばらく横になり、気力と体力が回復してから、改めて連絡するつもりだったのだ。
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