第12話
文字数 1,584文字
二時間後、水嶋は幸田志穂が墜落したとみられるマンションに到着した。
近くにコインパーキングを見つけて車を停め、徒歩でマンションに向かう。入口にある西洋風なデザインのアーチをくぐると、建物周辺には野次馬と見られる大勢の人たちであふれかえり、水嶋もその集団に加わった。
遺体のあったと思われる箇所には、コンクリートの上に人型の白線が引かれ、どす黒い血の跡のようなものがあった。白線の周囲は、進入禁止を示す黄色いテープで取り囲まれていて、制服を着た数名の警官が牽制するような眼で立っていた。
撮影するためだろう。野次馬の中のひとりの男性がスマートフォンを構えようと身を乗り出してきた。直接注意はしないものの、警官は厳しい表情をその男性に向け、無言で威圧している。
周りを観察してみると、興奮気味の野次馬の中に、ひとり、真剣な色を浮かべる女性が佇んでいるのを視界の隅に捉え、我が目を疑う。
髪を降ろした幸田志穂が、不安げな面持ちで佇んでいた。
一瞬、生き返ったのかと錯覚したが、顔を注視してみると、鼻の右にあるはずの“ほくろ”が無かった。
すぐに彼女の妹であると察した。
人込みを避けるように近づいてみると、ためらいがちに声をかけた。
「……すみません。もしかして幸田志穂さんの妹さんですか?」
途端に顔色が変わった。彼女は小さく頷くと、水嶋は「生前のお姉さんとお会いしたことがあります。良ければ話を聞かせてくれませんか?」と誘いを入れた。
ためらいがちではあったが、彼女は二つ返事で了承した。二人は連れ立って、マンションのはす向かいにあるファミレスに足を向ける。
一番奥の目立たないテーブルに陣取ると、コーヒーを二つ注文してから、名刺を渡し、自分の名前を明かした。
「私は水嶋猛と申しまして、占い師をやっています。甲相といいまして、手の平ではなく、手の甲で占うのです。甲の館という店で、水前寺堂乃丞という名前で活動しています。聞いたことありますか? これでも結構有名なんですが」
女は首を振った。いくら占い界では名が知れているとはいえ、所詮は狭い世界に過ぎず、興味のない一般人には縁遠くても仕方のないことだった。
ひと呼吸置いたのち、幸田志穂との出会いについて語る。
「つい昨日の事なんですが、お姉さんの志穂さんが私の店に来館されました。予約を入れられたのは、先々週――正確に言えば、十日ほど前になります。志穂さんは男性の方と一緒でした。男の素性は知りませんが、お姉さんよりも十歳ほど年上の感じで、少なくとも堅気では無い印象を受けました。……気を悪くしないでください。あくまでもそう感じただけですから」
志穂の妹は、「判っています」と相槌を打つ。右の眉が少し吊り上がったが、平然としているところを見ると、彼女も知っているように思えた。志穂から何らかの事情を聞かされていたのだろうと推測された。
「その時は志穂さんの希望通り、健康運を占いました。男性の方は関心がないらしく、誰かと電話をしていたのを憶えています。……占いの結果を知りたいですか? 申し訳ないですが守秘義務がありますので答えられません。まあ事情が事情ですから、どうしてもとおっしゃるのであれば……」
「結構です」言葉を遮り、すっと手の平で水嶋を制すると、女はぴしゃりと言った。「先を進めてください」
どうやら占いには関心がないようだ。いくら姉妹とはいえ、どちらも興味があるとは限らない。水嶋は肩を落としながら話を続けた。
「……その時、確かに感じたんです。志穂さんが助けを求めていると。それに甲相にもハッキリとそう出ていました。……お姉さんには言ってませんがね」
どうして姉に伝えなかったのかと問い詰められ、とてもそんな空気じゃなかったと答えた。まさか、テレパシーのことを打ち明ける訳にもいかず、こう弁明しかなかったのだ。
近くにコインパーキングを見つけて車を停め、徒歩でマンションに向かう。入口にある西洋風なデザインのアーチをくぐると、建物周辺には野次馬と見られる大勢の人たちであふれかえり、水嶋もその集団に加わった。
遺体のあったと思われる箇所には、コンクリートの上に人型の白線が引かれ、どす黒い血の跡のようなものがあった。白線の周囲は、進入禁止を示す黄色いテープで取り囲まれていて、制服を着た数名の警官が牽制するような眼で立っていた。
撮影するためだろう。野次馬の中のひとりの男性がスマートフォンを構えようと身を乗り出してきた。直接注意はしないものの、警官は厳しい表情をその男性に向け、無言で威圧している。
周りを観察してみると、興奮気味の野次馬の中に、ひとり、真剣な色を浮かべる女性が佇んでいるのを視界の隅に捉え、我が目を疑う。
髪を降ろした幸田志穂が、不安げな面持ちで佇んでいた。
一瞬、生き返ったのかと錯覚したが、顔を注視してみると、鼻の右にあるはずの“ほくろ”が無かった。
すぐに彼女の妹であると察した。
人込みを避けるように近づいてみると、ためらいがちに声をかけた。
「……すみません。もしかして幸田志穂さんの妹さんですか?」
途端に顔色が変わった。彼女は小さく頷くと、水嶋は「生前のお姉さんとお会いしたことがあります。良ければ話を聞かせてくれませんか?」と誘いを入れた。
ためらいがちではあったが、彼女は二つ返事で了承した。二人は連れ立って、マンションのはす向かいにあるファミレスに足を向ける。
一番奥の目立たないテーブルに陣取ると、コーヒーを二つ注文してから、名刺を渡し、自分の名前を明かした。
「私は水嶋猛と申しまして、占い師をやっています。甲相といいまして、手の平ではなく、手の甲で占うのです。甲の館という店で、水前寺堂乃丞という名前で活動しています。聞いたことありますか? これでも結構有名なんですが」
女は首を振った。いくら占い界では名が知れているとはいえ、所詮は狭い世界に過ぎず、興味のない一般人には縁遠くても仕方のないことだった。
ひと呼吸置いたのち、幸田志穂との出会いについて語る。
「つい昨日の事なんですが、お姉さんの志穂さんが私の店に来館されました。予約を入れられたのは、先々週――正確に言えば、十日ほど前になります。志穂さんは男性の方と一緒でした。男の素性は知りませんが、お姉さんよりも十歳ほど年上の感じで、少なくとも堅気では無い印象を受けました。……気を悪くしないでください。あくまでもそう感じただけですから」
志穂の妹は、「判っています」と相槌を打つ。右の眉が少し吊り上がったが、平然としているところを見ると、彼女も知っているように思えた。志穂から何らかの事情を聞かされていたのだろうと推測された。
「その時は志穂さんの希望通り、健康運を占いました。男性の方は関心がないらしく、誰かと電話をしていたのを憶えています。……占いの結果を知りたいですか? 申し訳ないですが守秘義務がありますので答えられません。まあ事情が事情ですから、どうしてもとおっしゃるのであれば……」
「結構です」言葉を遮り、すっと手の平で水嶋を制すると、女はぴしゃりと言った。「先を進めてください」
どうやら占いには関心がないようだ。いくら姉妹とはいえ、どちらも興味があるとは限らない。水嶋は肩を落としながら話を続けた。
「……その時、確かに感じたんです。志穂さんが助けを求めていると。それに甲相にもハッキリとそう出ていました。……お姉さんには言ってませんがね」
どうして姉に伝えなかったのかと問い詰められ、とてもそんな空気じゃなかったと答えた。まさか、テレパシーのことを打ち明ける訳にもいかず、こう弁明しかなかったのだ。