第108話

文字数 1,694文字

 事件の解明はいよいよ神林公子の番となった。
「……あれは美穂子と二人で、彼女の姉である幸田志穂の部屋に忍び込んだ時の事です。お察しの通り、幸田志穂と神林や森村の関係を探るためでした。途中でベランダに出た時に、美穂子は、やよいこと坂原藍子らしき人物が見えたと言いました。そしてしばらくの間、そうですね、十分くらいでしょうか。やよいさんを追いかけると言って部屋を留守にしました。きっとその間に同じマンションにある神林公子の部屋へ行き、彼女を殺害したんでしょう」
 そこで村崎は疑問を入れてきた。
「では、神林典行を呼び出したメールは、幸田美穂子さんが送信したのですか? 神林公子の携帯を使って」
 だが、水嶋の見解は違っていた。
「その可能性もありますが、おそらく神林を呼び出したのは公子本人でしょう。ですが、携帯の履歴を消したのは美穂子ではなく、神林に間違いありません。おそらく、公子夫人から呼び出されたという事実を隠蔽したかったのだと思います。扉の前で神林を見かけた時の美穂子は、本当に驚いた顔をしていました。とても演技だとは思えません。つまり、彼女にとって神林の来訪は想定外だったのです。それがきっかけで、奴のテレポートを知ることになったんですが、結果的にそれが混乱を招く形になりました。悔しくてたまりませんが、今さら悔やんでもしょうがないですよね。……後は説明しなくともわかると思いますが、ピッキングのトリックを使い、私に公子さんの死体を発見させました。森村の時と同じく、美穂子に容疑が向かないように。私は、完全に美穂子の術中にハマっていたのです。……ですが、このあと予想だにしない展開が待ち受けていたのです」
 経緯について、村崎は何度も確認してきた。おそらく理解するのが困難だったに違いない。
 おかげで多少手間がかかったが、時間はたっぷりあるので、水嶋としては、いくらでも付き合ってやるさという気楽さだった。こうして誰かと喋っていた方が、彼女のことを考えなくて済むからだ。
「予想だにしない展開とは、神林典行がゴールドヘヴンに乗り込んできたことですね」
 察しが早い。さすがは警部補と言ったところか。
「そうです。まさか美穂子も、めったに来ないはずのゴールドヘヴンに神林が予告もなく顔を出すなど、夢にも思っていなかったのでしょう。つまり、彼女にとってイレギュラーな展開であり、神林も美穂子の犯した罪に気づいていたのかもしれません。ですが、それ以上に私を許すわけにはいかなかったのでしょう。詐欺の件もありますが、愛人である美穂子に手を出したと勘違いした彼は、部下を使って私を暴行させました。ノッポとデブのコンビです。その間に美穂子を連れ去り、彼女に報復しようとしたのでしょう。ところが、私が例の物を――」
 そこで水嶋はUSBメモリーの件について、再び詫びを入れる。
「裏帳簿の隠しデータの入ったメモリーの存在を神林にちらつかせると、横浜港の第十八倉庫まで呼び出されたのです。そこで私は高野内探偵の車で港に向かいました。もちろん彼も一緒です。あとの展開は、あまり蒸し返したくありませんが、彼の部下に襲われ、殺されそうになったので拳銃で反撃しました。申し訳ないが、どうやって拳銃を入手したのかまでは言えません。しかし、いくら正当防衛とはいえ、二人を撃ったのに間違いありません。それに関しては、きちんと裁判を行い、刑に服す覚悟があります」
 村崎の眼をしっかりと見据え、水嶋は歯切れよく言った。村崎は「その件は、またおいおい……」と話を濁す。
 ノッポとデブのコンビは未だに見つかっておらず、確保にはまだ時間がかかりそうだと村崎は告げた。仮に障害事件で裁判になったとしても正当防衛が成立するだろうし、拳銃を所持していた件で逮捕されたとしても、大した罪にはならないだろうとも付け加える。それどころか、拳銃は神林から掠め取ったことにした方が良いと、アドバイスまでくれた。
 村崎は拳銃の出所に関して、何となく察しがついているようだったが、一向に触れて来ない。彼なりの配慮なのだろうと水嶋は好意的に受け取ることにした。
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