第42話

文字数 1,828文字

 肩を落としながら愛車の軽自動車へ戻る。誰も乗っていないところを見ると、まだ美穂子が戻った様子はなかった。先ほど公子とぶつかった女性は美穂子だった。もし、上手く接触できなかった場合に備え、予め打ち合わせをしていたのである。
 それにしても美穂子は何をやっているんだ。公子の手を握るために、あんな真似をしただけなのだから、帰ってこないのはおかしい。ポインセチアのエントランスで伺っていたはずだから、こちらの様子は手に取るように判るはずなので、すぐに戻ってきてもおかしくはない。
 仕方がなく車の傍で煙草をふかしていると、ようやく美穂子の姿が見えた。
 彼女は悪びれる様子もなく、そのままドアを開けて助手席へと腰を下ろす。水嶋も慌てて運転席に飛び乗ると、今まで何をやっていたのか問いただした。
「……何って、ついでに姉の部屋に行ってみたのよ。さすがにもう警察はいなかったけど、鍵が無くて入れないから、せめて扉の周辺だけでも調べようと思ったの」
 だったら最初からそう言えば良かったじゃないかと抗議をすると、彼女は「悪い?」と口を尖らせた。
 あまりのふてぶてしさに憤りを憶えるが、ここで喧嘩を始めるわけにもいかず、不承不承訊いてみた。「それで何か見つかったのか?」美穂子は黙って下を向くと首を振った。
「そりゃそうだろう。部屋の中ならいざ知らず、扉の前に都合良く手掛かりがあるとは思えない。それに、もし、神林と鉢合わせになったらどうするんだ? 一発で志穂さんとの関係がバレるぞ!」
 てっきり反論してくるかと思いきや、美穂子は口を横に結んだまま、何も言い返そうとはしない。水嶋の叱咤に相当堪(こた)えたとみえる。きっと彼女なりに努力しようとした結果であり、心情を思えば理解できなくもなかった。
 わずかながら反省をして、公子から得たばかりの情報を伝えることにした。
「俺たちの睨んだ通り、口では知らないと言いながら、お姉さんの事を知っていたようだ。しかも天罰だと思っているくらいだから、相当恨んでいたみたいだな。……志穂さんが気づいていたかどうかまでは判らないが、少なくとも神林公子は、夫の愛人を見張るために、ここへ引っ越してきたのは間違いないとみていいだろう。だが、肝心なところで逃げられてしまって、彼女が実際に突き落としたかまでは読むことが出来なかった。……ごめん、もっと上手くやればよかったな。だけど、俺にはあれが限界だったんだ」
 それまで黙って聞いていた美穂子は、そうねと呟きながら労いの言葉を掛けてきた。
「仕方がないわ。あんな状況だったから自分を責める必要なんてないのよ。公子さんが実際に犯行を行ったのか判明しなかったのは残念だけど、姉を知った上でここに住居を構えたのが判っただけでも御の字よ」
 だが、せっかくのチャンスをものにできなかったのは、反省すべき点であり、失態を取り戻すべく、今後のスケジュールについて相談を持ち掛けた。
「これからどうする? 俺としてはもっと情報がほしい。何とかならないか?」
「これからゴールドヘヴンに出勤して、もう一度みんなに探りを入れてみるわ。もしかしたら、誰か姉と公子さんの関係について何か知っているかもしれないでしょう?」
 やはりその手しかないように思えた。一見、地味のようだが、地道な調査こそが実を結ぶ。ましてや警察だってそうしているのだから、ずぶの素人である水嶋たちは、そうするしか手立ては無いように思えた。
「俺も行った方がいいかな? もちろん客として」全開にした窓に肘を掛けながら、美穂子の方をちらりと向く。
「そうしてくれると助かるけど……でも、よく考えたら来ない方がいいかもしれないわ。やみ雲に占いをしてテレパシーを悟られでもしたら元も子もないわ。そうしたら肝心な情報が読めなくなるかもしれないわよ。……それまで来店せずに、温存した方がいいかもしれない。私には聞き出せない、重要な情報がありそうな時こそ、あなたの出番よ」
 なるほどと相槌を打って、それに従うことにした。確かにあまりやりすぎると、そのうち正体がバレるかもしれない。そうなると今後の調査に支障が出るのはほぼ確実だ。ここは彼女のいう通り、しばらくは来店を控えておいた方がよさそうだ。
 そうと決まれば話は早い。とっくに陽も落ちていたので、そろそろ出勤したいと美穂子は急かせてきた。
 水嶋はキーを回してエンジンを始動させると、ゴールドヘヴンの入ったビルの前まで送り届けた。
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