第82話

文字数 1,455文字

 翌日の正午すぎ。
 結局昨夜は探偵の事務所で一晩過ごし、充分に休憩を取ったところで、水嶋は横浜港へ向けて出発した。神林の指定した場所が、そこの第十八倉庫だったからだ。最初は一人で行くと言ったが、高野内は聞く耳を持たず、仕方がないので二人で向かうことにした。
「ずっと気になっていたんだが……」水嶋は不意に声をかけた。二人の乗るレクサスは、国道を南下していた。
「どうした?」ハンドルを操作しながら、高野内は応じた。
「失礼だが、君の事務所はそれほど繁盛しているようには見えない。それで、よくレクサスなんて高級車に乗ってられますね。しかも、これって新車ですよね。どう見ても中古には見えない」
 話によると、この車は探偵のものではなく、峰ヶ丘小夜子というパートナーの父親から借りたものだということが判明した。峰ヶ丘小夜子とは、初日に訪れた際、事務所にいた女子高生の事だと思われる。合点のいった水嶋は、含み笑いをこぼしながら、道路の先をまっすぐに見据えた。この先で美穂子が待っていると思うと、気が気でならない。
 だが、そんな想いなどお構いなしで、到着までの間、高野内は自分の活躍ぶりを延々と語り続けた。南金山の山荘での密室殺人や、蒼ノ衣島での連続殺人。非公式ながら豪華客船『弥生丸』での殺人事件と、ダイヤの盗難事件。金城代高校における連続殺人や、場所は明かせないが、とある喫茶店の立てこもり殺人事件などをとくとくと自慢され、さすがに辟易させられた。水嶋は適当に相槌を打ちながら聞き流す。
 しかし、その退屈な自慢話のおかげか、なんだか緊張がほぐれたような気がした。もしかすると、わざと自慢話を聞かせたのではないかとすら思えた。もし彼が天然でないとすれば、意外と侮れない……かもしれない。
 まさか彼も超能力者だったりして。んなわけないか。
 計算なのか天然なのか、水嶋は孤高の探偵の気質を読み取れずにいた。

 探偵事務所を出発してから車に揺られること二時間弱。ようやく赤レンガの倉庫群が見えてきた。約束の時間は十四時であり、呼び出された十八番倉庫に着いたのは、その七分前だった。
「俺も一緒じゃなくて大丈夫か?」探偵は同行を申し出る。
「いや、結構だ。神林は俺一人を指名している。心配してくれるのはありがたいが、それには及ばない。高野内さんはここで待っていてくれ」そしてひと呼吸おいてから、こう付け足した。「すぐに戻る」
 シートベルトを外し、水嶋がドアを開けようとしたところで運転席から声を掛けられた。
「これを持っていけ」
 振り向くと、探偵は何かを包んだグレーのハンカチを差し出してきた。その形状からして、物騒なものを連想させる。
「まさか、これって……」
 慎重に受け取り、恐るおそるハンカチを広げると、それは一丁の拳銃だった。
「ベレッタM9だ。オートマチックで扱い易いから、お前にも扱えるだろう。……いいか、目標を決めたら、絶対にためらうな。そして、必ず二発連続で撃ち込め。そうすれば、的中率は飛躍的に上がる」さっき話した立てこもり事件で、こっそり掠め取った代物だと彼は説明した
「おいおい、探偵がそんなことしちゃまずいだろう」
 高野内は、それがどうしたといった顔で悪びれた様子がないように映る。むしろ、そんな些細などどうでもいいと言いたげだった。
「ただし、報酬は上乗せしとくからな。小夜子にはいうなよ」探偵はウインクをしながら、人差し指を口に当てる。
 ちゃっかりしてやがると半笑いし、水嶋は背中のベルトの隙間に、鈍色のそれを挟み込んだ。
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