第2話

文字数 2,161文字

 準備は上々。ここまで来れば楽勝だった。これ以降は何を言っても信じるのが定番で、あとは適当に占う

だけで良かった。
 志穂の後ろにいる男が、携帯に向かって話す声が聞こえる
「……みやびちゃんは本当にかわいいんだから、そのままでいいんだよ」どうやら女性を口説いているようだ。
 目の前に自分の愛人がいるというのに、なんというデリカシーのない奴だと、他人事ながら憤りを感じてしまう。
 だが、そんなことなどおくびにも出さず、「たしか、あなたの悩みは健康運でしたね?」と、仕事に集中する構えを取った。
 そうですと頷いた志穂の顔は、どこか愁いを帯びていた。頭には『れんあいう』と出ている。きっと本心では恋愛運を見て欲しいのだろうが、一緒の男性を気にして、健康運ということにしているのだろう。
「中指の付け根に奉徳の相が出ています。あなたの健康運は現在、下り調子です。このままでは、そう遠からぬうちに大病を患うことになるでしょう……それを防ぐには、あなたの周りにいる人も含めて、これから出会う人も大事にしてください。さすれば健康で長生きできるでしょう」
 当たり障りのないアドバイスだった。たとえ、これが上り調子であっても、同じことを言う仕組みになっている。そもそも健康運なんて判る筈もなく、もちろん奉徳の相なんてのも、でっち上げだ。 
 しかし、目の前の愁いを帯びた女はみるみる青ざめ、後ろを振り向き、男の顔を窺(うかが)いだした。だが、男は未だに電話中。さも面倒くさいとばかりに、スマートフォンを持っていない方の手を伸ばし、指先だけでシッシッと振り払う仕草を見せた。志穂という名の女性はあきらめ顔で水嶋に向き直る。何処か不安そうであり、すがるような目つきをしていた。
 それでいいのだ。
 悩みのない人間なんてどこにもいない。客は、本気で悩みを解決して欲しくて、占いに来るのではなく、誰かに背中を押してもらいたいだけなのだ。特に女性とはそういう生き物であり、占いを通して、自分の考えが間違えでないことを、誰かに認めて欲しいだけなのだ。
 そこで、うってつけなのがスピリチュアルの世界だ。
 幸せを求めてパワースポットに群がるのも、その一例に過ぎないし、ましてや神社にお参りするのさえ、何かにすがりたい欲望の表れといえよう。
 そこで水嶋は決定的な言葉を放つ。
「ですが、確実に健康運を上げたいのであれば、手段がないこともありません」
「何ですか?」志穂はたまらずといった顔つきで眼を見開いた。
 男からは、また別の声が発せられた。どうやら相手はさっきとは別の人らしく、怒鳴り声が響く「……おい! なんで麻婆豆腐なんだ。俺は唐辛子のような……」どうやら彼は辛いものが苦手らしい。相手は部下なのだろうが、たかがそれくらいのことで怒鳴られるなんて。水嶋は見知らぬ男の部下に、同情せずにはいられない。
 男のがなり声が部屋中に響き渡り、気が散ってしょうがない。電話をするなとは言わないが、せめて表でしてくれないだろうかと、露骨に眉を歪めた。女も恥ずかしそうにうつむいている。
 それでも何も聞こえないふりを装いながら、おもむろに引き出しを開ける。中から巾着袋を取り出してひもを緩め、台の上に石を転がした。石は全部で七個あり、色や大きさが全て異なっている。
「これは、私が念力を込めたパワーストーンです。これを財布かバッグにでも入れておきなさい。さすれば、これからも無病息災でいられるでしょう」
 言い終えると、続いて料金の説明に入る。形や大きさ、色の輝き具合によって、七千円から二十万円だと説明した。いわゆるピンキリというヤツである。
「どれくらいのものがよろしいでしょうか?」志穂は一つずつ丁寧につまみながら、当然のように質問してくる。
 こうなったらしめたもので、今の彼女に、何も買わないという選択肢はない。
「もちろん、金額が高くなるほど効果は上がります。ですが、最初はあまり高すぎてもいけません」そう諭しながら、半透明の水晶に似た石を持ち上げる「……そうですね。これくらいの物から始めた方が、ちょうど良いでしょう」
 金額は一万四千円で、下から三番目の金額だった。初っ端から高価なものを売りつけては、相手も警戒する。これまでの経験上、まずはこれくらいの金額から攻めるのが、最も購買率が高く、リピーターにも繋がりやすい。
「では、それでお願いします」志穂は財布に手をかけた。
 ところが、彼女の背後にいた男から声が上がる。
「おい! そんなインチキなモンは要らねえよ。もう済んだのならさっさと行くぞ!」
 志穂の手がビクっと止まった。心なしか震えているようにも見える。
 チェッ、余計な邪魔が入りやがった。せっかく売れかけていたのに。これだからカップルは嫌いなんだよな――。
 水嶋はパワーストーンという名の、河原で拾い集めた石ころを巾着袋にしまい込む。当然ながら念力なんて込められてもおらず、持っていたとしても、気休めにしかならない。だが、その気休めこそが大事であることも知っている。
 申し訳なさそうな顔を向けながら、「今日はありがとうございました。パワーストーンはまた今度にします。ではこれで……」と、占い料の五千円だけを渡し、チンピラ風の男にせっつかれながら、彼女は店を後にした。
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