第104話

文字数 1,163文字

 翌朝。村崎警部補が尋ねてきたのは、ある意味、必然だったといえる。
 それを予感していたからこそ、起床してから入念に髭をそり、神林を騙すために購入した一張羅のスーツに着替えていた。まるで切腹を命じられた武士のような心情だった。
 チャイムが鳴りドアを開けると、意外にも黒木巡査長の姿はなく、村崎ただ一人だった。彼は腫れぼったい目をして、これまでのような生気が感じられない。ひと目で疲弊しているのが判る。

 お待ちしていましたと中に招き入れると、ソファーへ促し、予め挽いてあったコーヒーを淹れた。
 カップを置きながら対面に腰を沈めると、重苦しい空気の中、村崎がおもむろに手帳を取り出し、さっそく事件について口火を切る。
「幸田美穂子さんの事ですが……」
 やはりその件だった。
 それに関しては村崎が来る前にテレビやネットで調べていた。世間では面白おかしく騒がれているようで、幸田志穂の転落事故を発端とした一連の事件を関連付けて、様々な憶測が飛び交っている。当然のように二人が姉妹であることが発表され、ポインセチアは短期間のうちに合計三人の死者を出し、呪われたマンションとなった。神林とやよいの件も報道されていて、オカルトブームにすら発展しそうな勢いだった。
 村崎は了承を取ってから、テーブルにボイスレコーダーを置き、スイッチを入れると、重苦しい溜息を吐き、事件のあらましについて語り出した。
 匿名の電話により、ポインセチアの五一二号室から、神林公子の撲殺死体が発見されことや、横浜港の第十八倉庫にて神林典行の死体も見つかったこと、それから、やはりやよいも心臓麻痺で亡くなったことなど――。
 当然、すべてを理解していたが、村崎の話に一切口を挟むこともなく、真剣に耳を傾けた。
 詳細はまだ捜査中らしいが、事件を担当している村崎ですらも、全ての事件を関連付けるのに手間取っているらしく、マスコミと同じように、いっそのこと幽霊のせいにしたいと冗談めかしている。今回、彼一人でここを訪れたのも理由があった。部下の黒木があちこちを飛び回っていて、それどころではないらしい。

 全てを聞き終わった水嶋は、公子の死体を発見し、通報したのは自分だと告白した。
 意外なことに、村崎は顔色一つ変えず、むしろ安堵の表情を浮かべる。
「そうだと思いました。通報された時に録音した声が、あなたにそっくりでしたから」
 村崎はどうして名乗らなかったのかと言いたげな口調だったが、水嶋は敢えて気づかないふりをした。その代わりと言っては何だが、水嶋はUSBメモリーを奪ったことを謝罪し、神林と取引を行ったと告げた。
 その際、彼が突然倒れたことや、やよいから電話があって、ヴィオレッタに行った経緯を赤裸々に語った。
 当然、テレパシーやテレポーテーションといった超能力は伏せた上で。
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