第44話

文字数 1,665文字

 部屋に戻ると、まずはノートパソコンを起動し、予約状況を確認した。午後のキャンセル分を調整し、スケジュールを組みなおす。五分ほどで作業が終わるとシャワーを軽く浴びてから、ソファーに腰を据えて、煙草に火をつけた。
 紫煙を吸い込み、モヤモヤが少しばかり落ち着くと、腕を頭の後ろに組みながら、そっとまぶたを閉じる。そして、これまでの事を整理することにした。
 事件が起きたのは約一週間前の三月二十一日。幸田志穂と初めて会った日の深夜二時だった。
 警察は現在、単なる自殺とみなしているようだが、俺たちはそうは思っちゃいない。なぜなら、前日に『助けて』というメッセージを受けていたし、妹の美穂子は自殺するわけがない、誰かに殺されたと頑なに主張し続けている。もし、彼女の訴える通り、事故や自殺ではなく他殺とするならば、現在のところ容疑者は二人。神林典行とその妻公子だ。もちろん志垣の可能性も完全に否定されたわけではないが、それほど深い関係だったとは思えず、容疑者扱いにするには根拠が薄いと考えるべきだろう。

 もし、神林典行の犯行であれば、動機は次のように推測される。
 幸田志穂が神林の愛人であったことは間違いない。二人が志穂の部屋にいた時、痴情のもつれで口論となった。頭に血が上った神林は、勢い余ってベランダから彼女を突き落とした。
 部屋はロックされていて、鍵は二本しかなく、しかも複製のできないタイプらしい。だが、鍵は一本しか発見されていなかった。神林がその一本を保有しているのは確実で、鍵の件は解消される。今のところ、もっとも犯人に近い人物と思われた。

 もし、公子の犯行であるとすればどうだろう。
 夫の愛人であることを知った志穂に恨みを持ち、わざわざ同じマンションに部屋を借りてまで、彼女の生活ぶりを見張っていたことは間違いない。そのうち、ついに怒りが爆発して志穂の部屋を訪問し、勢いあまって彼女を突き落とした……。
 動機の線では、その方があり得そうだが、それだと鍵の問題が残る。もしかしたら志穂は二本とも所持していて、公子が鍵の一本を持ち出し、自殺に見せかけるために外から鍵をかけたとも考えられる。

 二人以外の第三者の犯行だったとしても、志穂の部屋のベランダから落とされたのだから、犯人が誰であれ、知り合いであることは、ほぼ確定とみていいだろう。
 いずれにせよ、計画性があったのかまでは見当がつかず、神林夫妻のアリバイについては知りようもなかった。時刻が深夜二時だったことから、目撃者については期待できそうもない。もし目撃者が存在したら、警察がとっくに調査しているはずだ。
 それに志垣店長がオーナーである神林に恨みを持っていることが判ったが、本人はともかく、志穂を狙うのはお門(かど)違いというもの。仮に志穂を恨んでいたとしても、あの抜け目なさそうな男が殺人というリスクを選択するとは思えない。だが、一応念頭に入れておくべき情報ではあるだろう。

 取りあえずこんなところか。
 ゴールデンヘヴンについては美穂子に任せるとして、水嶋は再度パソコンを開き、事件について新たな情報が無いか、ネットの海を漂う。

 一通り検索してみたが、新たな情報は見つからない。
 それでも粘り強く小一時間ほど閲覧してはみたものの、結局のところ、根拠のない眉唾物の情報ばかりで、結局徒労に終わっただけだった。
 諦めかけてパソコンを閉じようとしていたところで、興味をそそる文面が目に飛び込んできた。それは都市伝説を集めたサイトで、幸田志穂の死に、あるナイトクラブのホステスが関わっているとの記事だった。はっきりと明言はしていないが、店の所在地や店内の描写からゴールデンヘヴンであることは明白だった。
 記事の内容は、チーママである幸田志穂が、あるホステスといざこざがあって、それ以来、仲たがいをしているとあった。
 デマかもしれないが、一応調べておく必要があると美穂子にメールを送る。
 パソコンを閉じて、もう一度煙草をふかしながらひと息入れると、そのまま仮眠を取ることにした。
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