第51話

文字数 1,124文字

 足立区へ向かう車の中で、二人は事件について話し合った。
「もし、その森村という男が、今回の事件に絡んでいるとすれば、どんなことが考えられるだろう?」
 ちょうど交差点で赤信号につかまり、停車していた時だった。一見、志穂の転落事故とは関係ないように思えるが、神林の人柄を調査する上において、見逃すわけにはいかない。
「そうね……もし、姉と関係があったとすれば、神林と三角関係だったことも考えられるわ。もちろん、行方をくらましてからは会ってはいないだろうけど、離婚して孤独な生活を続けていくうちに人恋しくなって、こっそり会いにいっていた可能性も否定できないわね。もしかしたら姉とではなく、公子さんと関係があったのかもしれない。だとすれば……」
 何となく察しの付いた水嶋は、間髪入れずに言った。
「公子は森村と不倫していて、ポインセチアに借りた部屋は二人の愛の巣だった」
「もちろん、飛躍のしすぎかもしれないけど、あり得ない話じゃないでしょう?」
 だとすれば、二人は同棲していることになり、足立区のアパートに森村はいないかもしれない。だが、たとえ無駄足になろうとも、向かわずにはいられなかった。
 信号が青に変わった途端にアクセルを踏み込み、法定速度まで針が躍動ところで、水嶋が口を開く。
「だとすれば、森村と公子夫人が共謀して志穂さんを殺害したってことも?」
「ごちゃごちゃ話していても、らちが明かない。今は一刻も早く森村に会って、話を訊く必要があるわ」
 だから今向かっているじゃないかという言葉を呑み込み、中古の軽自動車は午後の高速道路を走りぬけた。
 
 目的地に着いたのは、出発してから一時間後だった。都市開発が進んだとはいえ、下町はまだまだ木造の平屋が並び、とても東京二十三区内とは思えぬ、懐かしい雰囲気を漂わせていた。
 森村が潜伏しているであろう、茂田名荘のアパートは、昭和レトロな町並みのさらに奥まった、細い路地の先に存在していた。当然、車は通行できないため、出来るだけ近くのコインパーキングを探した。ようやく見つけた有料駐車場からは、歩いて十分は掛かりそうだった。
 当然、一緒に来るかと思いきや、美穂子は車で待機すると言い出した。もし、森村が志穂と面識があったとすれば、妹だと気づかれるかもしれないとの理由だった。
 慎重に慎重を重ねたうえで行動せねばならないと言い含められた。度胸があるように見えて、案外臆病なのかもと思いはしたが、きっと彼女の言い分の方が正しいに違いない。彼女の言い分はもっともであり、これまでは何とか誤魔化してきたが、今回もうまくいくとは限らなかった。
 ひとりきりでは不安でたまらなかったが、水嶋は了解して森村のアパートに足を動かした。
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