第5話

文字数 1,509文字

 やがて中学生になった頃。水嶋はクラスメートからイジメをうけるようになった。用心していたつもりだったが、なにかの弾みでつい触ってしまうことがあり、浮かんだメッセージに嫌気がさし、露骨に顔をしかめることが少なくなかったのが原因だ。気味悪がられても仕方がなく、イジメも甘んじて受けいれるように努力した。
 しばらくはじっと我慢していた。
 誰にどう思われようが、自分は自分だと言い聞かせるようにした。
 だが、ある日、決定的な事件が起きた。水嶋が不気味なのは両親のせいだと読み取ったのだ。さすがに我慢できず、クラスメートを殴り倒した。
 相手は何もしていないのだから、客観的に見たら手を出した水嶋が一方的に悪者だ。元々孤立して浮いた存在だった彼に、見方は誰もおらず、ただ沈黙を守るのが精いっぱいだった。
 それを期に、水嶋は学校へ行かなくなった。いわゆる登校拒否である。毎日部屋に閉じこもり、ゲームをプレイしたり、ハードロックのCDを聴くだけの生活が続いた。
 そうしているうちに、彼は自分のテレパシー能力を恨むようになった。どうしてこんな余計な力があるんだと、運命を呪わずにはいられない。

 心配した両親は医者に相談して、心理カウンセラーと面談を行った。そのカウンセラーからのアドバイスで、不登校生徒を対象としたフリースクールにも通うようになった。
 そこには水嶋と同じ、登校拒否の生徒たちが集められ、午前中は学校と同じ勉強をさせられた。それから昼食をはさみ、午後からはカウンセリングとなる。そこに通う生徒たちは、年齢も性別もバラバラで、下は七歳から上は十八歳までいた。皆、一様に暗い顔をしていて、皮膚をタッチするまでもなく、ネガティヴなことを考えている雰囲気が如実に伝わってきた。
 そこでも自分の特殊な能力を打ち明けることはなかったが、嘘偽りのないカウンセラーたちの熱心な指導を受けるうちに、次第に自信が持てるようになり、水嶋は半年ほどで復学することができた。
 だが、水嶋はまだ恵まれた方で、彼らの中には回復する事もなく、親やカウンセラーに依存し続ける者も少なくはなかった。

 やがて中学を卒業すると、高校へは進学せずに、そのままパン屋へと就職した。
 最初は見習いとして製パンの技術を磨き、いずれは独立して店を構えるつもりだった。特にパン好きというほどでもなかったが、求人募集の貼り紙を見て、思い立った次第である。
 店長は昔気質の職人で、やたらと口うるさい。どんな小さなミスも見逃さないし、口答えしようものなら、すぐにげんこつが飛んでくる始末。スタッフの中には陰口をたたく者もいるほどだった。
 だが、店長は水嶋に対して愛情を持って接してくれた。
 時には理不尽な叱責を受けることもあった。だが、叱られた後にさりげなく握手を求め、店長が心の中で泣いていることを知ると、自分のために叱ってくれるのだと、胸に深く留めた。
 最初は辛いことばかりだったが、不器用ながらも、徐々にコツを憶えだす。オーブンの温度を任されるようになると、俄然、仕事が楽しくなってきていた。まわりのスタッフからも一目を置かれるようになり、これまでにない充実感を味わうまでになった。
 この頃になると、自然と煙草の味を覚えるようになった。もちろん法律違反なのだが、それを指摘する者は誰もいない。職場の先輩たちも、やはり水嶋と同じくらいの年齢のころから吸っていて、積極的に勧めてくるくらいだった。
 だが、その時、水嶋はあることを知った。
 それは煙草の煙を嗅いでいる間は、テレパシーが効かないということ。特に支障はないが、どうしてもテレパシーを使うときは、喫煙を控えるようにした。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み