第77話

文字数 1,054文字

 アスファルトの上に倒れたまま動けずにいると、誰かがやってくる気配を感じた。神林だと思い身構えようとしたが、あまりの激痛のため、立つどころか手足を動かすことすらも、ままならない。
 だが、目の前に立ったのはみやびだった。彼女は水嶋の上半身を起こし、ペットボトルのミネラルウォーターを差し出してきた。
 口内が切れているらしく、口内に痛みが走り、ミネラルウォーターに血の味が混じっている。ありがとうと礼を言うと、みやびは呆れ顔で、「何があったか知らないけれど、どうせオーナーを怒らせるような真似でもしたんでしょう。こうなることは予想できたんじゃなくて?」
 みやびの言うことも一理ある。奴を甘く見過ぎていた。いくらメイクで誤魔化したところで、志垣や他の連中は騙せたとしても、愛人として志穂を囲っていた神林の目は節穴ではなかった。あいつは、それを判ったうえで、俺たちを泳がせていたのだ。まんまと、奴の手の平の上で踊らされていたという訳だ。
 まさかテレパシー能力まで悟られたわけじゃないだろうが、今頃は美穂子も何かされているのではないかと、胸騒ぎを憶えた。もし彼女の身になにかあったら、悔やんでも悔やみきれない。
 激痛をこらえ、自分を奮い立たせながら、ようやく立ち上がると、みやびが止めるのも聞かず、足を引きずりながら階段を上った。
 
 店に戻ったはいいが、そこに神林と美穂子の姿は無かった。志垣店長の話によると、神林は美穂子を連れて、ついさっき出ていったということだった。表でタクシーを拾ったらしいが、行き先までは判らないと答えた。

 きっと自宅に違いないと、水嶋も急いで表に出る。すぐさまタクシーを止めて乗り込むと、ハイグランデを目指した。
 途中で美穂子の携帯にメールを入れるも、既読にはならない。通話してみても、電源が入っていないとの冷たいメッセージが流れた。
 そこで名刺を取り出して、村崎警部補に電話を掛ける。奴に頼るのは癪に障るが、今は、つべこべ言っている場合ではない。最悪の事態を想定し、今は彼に頼る他なかった。
 『どうした。珍しいな、何か思い出したのか?』
 携帯の向こうの村崎に事情を話した。出来れば美穂子のことはしゃべりたくなかったが、事情が事情だけに、そうも言っていられない。ピッキングは自分がした事にして、神林や公子の部屋に侵入したことを打ち明けた。
「幸田美穂子さんに危険が迫っているから、ハイグランデという神林のマンションに向かってください、こっちも、もうすぐ着きそうなので」と念を押して通話を終える。
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