第6話

文字数 1,079文字

 やがて二年が過ぎようとする頃。店長から、お前はもう一人前のパン職人だと太鼓判を押されるようになった。このまま、あと数年もすれば、念願の我が店を持つという希望も、夢ではないとさえ思えるようになっていく。

 だが、そう上手くはいかなかった。ある日、客とトラブルを起こしてしまったのだ。
 会計の際に、主婦らしき女性客から、お金を受け取った時の事だ。お釣りを渡した瞬間に、たまたま手が触れてしまい、聞き捨てならない文字が浮かんだ。
 『まずい』
 つまり、「不味いけど、仕方がなく買ってやっている」とすぐさま解釈した。
 気が付いた時にはすでに遅く、「お客さん。うちの味に満足できないのなら他所(よそ)で買いな!」と、口走ったあとだった。
 その後、水嶋の吐いたその暴言がきっかけとなり、辞めざるを得ない状況となった。あとから聞いた噂では、その主婦が不味いと思ったのは、余所のパン屋のことで、水嶋のいたパン屋ではなかったらしい。
 早とちりもいいところだったが、よく考えもせずに文句を垂れてしまったことは、反省するしかなかった。

 それからしばらくして、自動車整備工場へ就職する。ここなら、他人と接触する機会は、少ないだろうと踏んだからだ。
 ここでも所長や先輩たちは親切に接してくれた。時には厳しくもあったが、それでもパン屋の時のような接客をしなくても良かったので心は軽く、やりがいのある日々を送っていった。
 だが、やはりここでもテレパシー能力が仇となった。
 ある日、つい先輩に楯突いてしまい、僅か七か月半で解雇となった。その時に読み取った言葉はここでは伏せておくが、後から考えれば、これも勘違いだったのかもしれない。

 二度目の失敗を境に、次第に外へ出るのが億劫となっていく。
 人の目が怖くなり、ゲームやハードロックにますますハマるようになると、自分だけの世界に閉じこもるようになった。テレビで子猫の特集があり、水嶋も飼いたくなった。両親も賛成し、実際にペットショップまで足を運んだ。
 だが、そこで猫アレルギーであることが判明し、ペットを飼うのは断念した。

 毎日、部屋の中でゲーム漬けの生活を送る。外へは一歩も出ることもなく、食事すらも部屋の中で取るようになっていく。
 見かねた両親は、再び心理カウンセラーをよこした。だが、水嶋は一切会おうとはせず、かたくなに拒否を続けた。
 水嶋は常に二つの事ばかり考えるようになっていた。
 『いつ死ぬか』、『どうやって死ぬか』。
 カーテンを閉め切った暗い部屋の片隅で、哀しきエスパーは、悶々としながら自分の置かれた境遇を嘆くしかなかった――。
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