第24話

文字数 2,075文字

 店に入ると、さっそくやよいと目が合う。向こうも水嶋に気が付いたらしく、「今夜も来てくれて嬉しいわ」と、昨夜と同じテーブルへ誘導された。やよいは、髪型こそ昨日と同じだったが、ドレスは別のものになっていた。捻挫はまだ治っていないらしく、左手の包帯はまだ解かれていない。神林オーナーや志垣店長の事を訊きたかったのだが、どう質問していいか判らず、戸惑いながらグラスを傾ける。やよいは昨夜と同じく、水嶋の左側に腰掛けたまま、柑橘系の香水を漂わせながら甘い声をかけてきた。
「水嶋さん、二日連続で来てくださいまして、ありがとうございます。もしかして私を気に入ってくれました? それともみやびちゃん?」やよいはクスリと笑みをこぼすと、「残念でした。今日、みやびは休みなの。違う娘がご希望なら呼んであげるわよ。……そうだ、せっかくだから紹介したい人がいるの。みやびとは全く違うタイプだけど、あなたなら気に入ると思うわ」からかい気味に肩を叩き、ボーイを呼びつけた。
 やよいはボーイに耳打ちをする。おそらく今話したホステスを回すように指示を出したと思われる。
「昨日入ったばかりの『このは』という新人だけど、とてもいい娘よ」
 その言葉を聞いてすぐに直感した。おそらく、“このは”とは美穂子に違いない。
 案の定、数分もしないうちに現れたのは彼女だった。
 美穂子はつかつかと歩き出して、目の前で立ち止まり、深々とお辞儀をした。
「初めまして、“このは”です。昨日入ったばかりなので、まだ勝手がわかりませんが、精いっぱいのおもてなしを心がけますので、よろしくお願いします」
 昨日とは違う、真紅のきらびやかなドレスを身にまとい、昨夜は新人丸出しの印象だった立ち振る舞いは、一夜にして別人のように堂々としていた。彼女はウインクをした後で、水嶋の右隣に腰を据える。
 水嶋は初対面のふりをしながら挨拶をした。
「こちらこそ初めまして、水嶋といいます。こういうところは、あまり慣れていませんから、お互い初心者ということで頑張りましょう」
 何をどう頑張るかは定かではないが、どうやら、二人が知り合いだということは、やよいに気づかれていないようだった。
 だが、それをいいことに(?)、美穂子……いや、このはは、いきなりフルーツ盛りとローストビーフを頼むと、こともあろうに自分も飲んでもいいですかと、図々しい態度に出た。
 もちろんそれなりの資金を用意しているが、だからといって潤沢というほどでもない。そんな懐事情など知るはずもないだろうが、断るわけにもいかず、渋々了解した。
 『おい、誰が支払うと思っているんだ。少しは遠慮しろよ』目で訴えてみるが、完全無視の状態で、美穂子は澄ました顔をしている。見かねたやよいが、ちょっと頼み過ぎよと注意をしたが、聞こえないふりをしている様子。新人の癖に、まるでベテランの風格を匂わせていた。やはり志穂の妹だけあって、血は争えないようだ。もしかして水商売は初めてではないのかもしれない……という印象さえ受ける。
「……ところで、ここの店長だけど、とんでもないことを言う人なの」グラスを半分空けたところで、美穂子はいきなり大胆な事を切り出してきた。
「どんなことを言って来たんだい?」ちらりとやよいを見やるが、彼女は関心がないのか、様子をみているのか、口を挟むことなく黙々と水割りを作っている。
「私って、ここのチーママにそっくりなんですって。しかも、亡くなったばかりっていうじゃない? ひと目見るなり『もしかして妹さんですか?』ですって。笑えるわよね――ねえ、やよい姉さんもそう思います?」
 美穂子の発言に、ドギマギせずにはいられない。だが、これが彼女の作戦であることは直ぐに見抜いた。大方、あらぬ疑念を持たれないように、水嶋との会話のふりをして、先制攻撃を仕掛けているに違いない。思いのほか計算高い女である。
 やよいは眉間にしわを寄せながら、美穂子の顔を食い入るように見つめた。
「……確かに目元なんかは似ているかもしれないけど、全然違う気もするわ。ちょうどママが亡くなったばかりのタイミングだったから、店長も余計にそう思ったんでしょうね」
 テーブルの下で、美穂子の立てた親指がチラリと見えた。やよいからは死角になっていて、目に入らない。水嶋は軽く頷くと、続けざまに口を開く。
「やよいさん。店長さんってどんな人なんですか? やっぱり死んだママとは、ずいぶんと仲が良かったんでしょう?」美穂子のおかげですんなり聞くことができた。これも作戦のうちに違いない。しかし、これくらいの質問であれば、自分で訊けよと思わなくもない。
「そうともいえないわね。直接何かあったわけじゃないけど、店長とはいえ、実質店を仕切っていたのは志穂ママだったから。……仲が良かったというよりも、どちらかと言えばやっかんでいたのかも。それにママが志垣店長をイジメていたという噂もチラホラ……」やよいは慌てて両手を口に当てながら、「私から聞いたなんて言わないでよ。ここだけの話なんだから」小声で念を押した。
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