第110話

文字数 691文字

「最後に訊きたいことがあります。幸田美穂子が犯人と確信したのはいつでしたか? やはりピッキングの時です? 水嶋さん」
 それは違いますとハッキリ否定し、説明に入ろうとしたところで村崎の携帯が鳴った。どうやら相手は黒木らしく、彼は断りを入れてから電話に出た。
 会話の内容から、神林の部下であるノッポとデブの二人が確保されたと判った。
「すみません。続きはまた今度ということで」村崎は頭を下げながら立ち上がる。その時、コーヒーがまだ残っているのに気が付いたらしく、彼はカップを勢いよく傾けた後、玄関に身体を向けた。
「最後に一つだけいいですか?」水嶋は村崎の背中に声を掛けた。
「書斎のデスクには、一つだけ鍵が掛けられた引き出しがありましたよね。あそこには一体何が?」神林邸での捜索を思い出し、質問した。
 村崎は「ああ、」と膝をたたく。
「残念ながら、あそこからは今回の事件に関するものや脱税の証拠の類(たぐい)は、何も発見できませんでした。どうしても引き出しの中身をお知りになりたいのであれば、話しても構いませんが」
 村崎の見せる含み笑いや言葉のニュアンスから、男性なら必ず持っている、いかがわしきものが連想された。武士の情けというのは大げさだが、神林の名誉のためにも、聞かないほうが良いと判断した。
 
 村崎が部屋から去ると、水嶋はやれやれといった具合にリビングへ移動し、CDプレイヤーのスイッチを入れる。
 あれだけ気に入っていたはずだが、今は何だか汚らわしいものに思え、数分もしないうちに電源を落とした。

 カーテンを開け放つと、まぶしすぎる太陽に向かって呟きながら、水嶋はある決断をした……。
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