第109話

文字数 2,342文字

「そこまでの経緯は把握しました。だが、そこからが判らない。神林典行はどうやって殺されたんです? 鑑識による解剖でも、死因は心臓麻痺による心肺停止と断定されたと聞いています。こればっかりはサイコキネシスと関係が無いように思えますが……」
 警部補は露骨に不安げな顔を見せる。だが、その点においても、水嶋は解答を用意していた。
「そこがこの事件をさらにややこしくしている所です。私も初めは偶然だと思いました。屈強そうに見えて、元々心臓に問題を抱えていたのではないかと。しかし、いくら何でもタイミングが良すぎる」
「そうですよね。自分もそう思います。彼が通院していたクリニックのカルテを見せてもらいましたが、心肺機能に異常はなかった」
「きっとあの時、美穂子は既に目覚めていて、私が殺されかけていると知った。そこで私を助けるために、サイコキネシスで神林の心臓を止めたのでしょう。神林が美穂子の能力の事について、どれだけ知っていたかは定かではありませんが、まさか、そんな手を使ってくるとは、思ってもみなかったに違いありません。彼はテレポーテーションの使い手なので、絶対に殺されることはないと慢心していたのかもしれませんね」
 なるほどと何度もうなずき、村崎は神林典行の死体の再検査を提案してきたが、それはまずいと水嶋は反対した。心臓麻痺の原因が人為的だという証拠は出てこないだろうし、仮にそれが証明されたところで、誰も信じてはもらえまい。それにこれ以上、美穂子の罪を晒したくもなかった。
「だが、本当にそんな事が可能なんでしょうか」村崎は疑問を重ねた。
「あり得ない話ではありません。SFの世界ではポピュラーなトリックだし、彼女がそれを知っていたとしてもおかしくはありません」

 村崎は疑い半分といった顔だったが、今度はやよいの話に移った。いや、坂原藍子か。
「そうなると、坂原も神林と同じ手法で殺されたんですな」己自身に言い含めるよう、穏やかな口調で言葉を発した。
「それしかありません。おそらくやよいさん……いえ、坂原藍子は事件の真相に気づいていたんでしょう。だから私だけをヴィオレッタへ呼び出し、美穂子を警戒するようにアドバイスするつもりだった。だが、うかつにも坂原さんと会うことを美穂子に伝えてしまった。彼女は坂原さんが秘密を暴露するのではないかと、ヴィオレッタまでこっそりとやってきた。そして窓越しに坂原さんを見つけた美穂子は、秘密を知られる前に、坂原さんの息の根を止めた」
「……つまりは口封じという訳ですな」村崎は念を押すように言った。
 水嶋はコクリと頷いた。
「しかし、まさかハガキがあることまでは予期していなかったのでしょう。その後、私がバッグから取り出すのを見ると、証拠を握られる前に念力で飛ばした。さすがにあれは強引過ぎましたが、彼女としては、ああするしかなかったんだと思います。そしてハガキを店の外まで誘導し、美穂子の手に渡った。ハガキは既に処分されていて、もうこの世には存在しないでしょうね」
 カップを持ち上げて水嶋はコーヒーを飲み切った。しかし、村崎はまだ納得がいかないらしく、さらに疑問を唱えだす。
「ちょっと待ってくれ。もし、そんな事が可能だとすれば、どうして森村直哉や神林公子にも、その手を使わなかった? そうすれば、我々も単なる心臓麻痺として処理していただろうし、事件の発覚も免れた筈だ。」
 その疑問は尤もである。水嶋としても、未だに真相を暴くことが出来ていない。だが、仮説はいくつかあった。
「可能性はいろいろ考えられます。一つはこうです。公子殺害の時点までは、まだその方法に気づいていなかった。先ほどの発言と若干矛盾しますが、可能性がなくは無いでしょう。二つ目は、心臓を止めるという方法に自信が無かった。心臓だけを念力で操作するのは、おそらく高度な技術を要するでしょう。まさか事前に試すわけにはいきませんからね」
 そこで一息区切ると、声を低くしながら三つ目の可能性を示唆した。
「敢えて心臓麻痺ではなく、別の方法を使った。私はその可能性が一番高いと踏んでいます」
 どうしてだと村崎から疑問の声が上がった。
 別にもったいつける訳ではないが、この日、何本目かの煙草に火を灯すと、思い切り煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。焦らされたと感じた村崎は、苛立たし気にテーブルをトントンと小刻みに叩き出した。
「まあ、落ち着いて下さい。真実は逃げませんから。尤も、さっきも言った通り憶測にすぎません。証拠なんて、どこにもないのですからね」
 カーテンの隙間から差し込む日差しは、もの悲し気な会話とは対照的に、部屋の中を明るく照らしていた。
 チラチラと左腕に目を落とし、村崎は頻繁に時計を気にしているようだった。
 時刻を確認すると、いつの間にか十一時を過ぎていた。村崎が来てから二時間は経過していることになる。
 あまり引っ張り過ぎてもどうかと思い、水嶋は口調を速めた。
「……志穂さんの件を世に知らしめたかった……私はそう確信しています。いくら殺意は無かったとはいえ、実の姉を突き落としたという罪は永久に消えない。かといって自首するわけにもいかず、彼女は敢えて事件を混乱させ、連続殺人まで企てた。そうすることで、自分の罪や志穂の存在を風化させないようにしたのだと思います。私も含めて、警察やマスコミも彼女に踊らされたのは間違いありません。もし、彼女がサイコパスでなかったとしたら、そう考えるしかないでしょう。――いや、考えるべきです!」
 渾身の力を込めて、やりきれない思いの甲相占い師はそう断言した。
 さすがの警部補も気後れしたのか、その説を否定してこなかった。彼自身も、そう信じたかったのかもしれない。
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