第46話

文字数 1,521文字

 次の日は日曜日で、水嶋は朝から夕方まで占いをこなす。昨夜の幸田美穂子の意味深な台詞が気になり、あまり集中できずにいた。が、それでも見かけ上は普段通り振る舞うことが出来たはずだと確信していた。
 最後の客を見送ると、三日ぶりにゴールデンヘヴンへ出向くことにした。

 ナイトクラブ・ゴールデンヘブンの扉を開けたのが午後八時すぎ。開店は六時だったが、あまり早すぎてもと、ワザと遅らせた――というのは建前であり、実際はそうではない。来る途中でパチンコ屋にふらりと寄ったところ、変える間際になって確変になってしまい、ついついこの時間になってしまったのが真相だった。
 店内を見渡すと、日曜日だけあって席はそれほど埋まっていない。今夜で来店は三度目だが、ボーイからいつもありがとうございますと深々とお辞儀された。さらに今夜はナンバーワンのみやびが笑顔で出迎え、一番奥の席に案内された。水嶋はすっかり常連気取りで、本来の目的を忘れそうになった。
 やよいの姿が見当たらないので訊いてみると、今日は休みらしく、代わりに別のホステスが同席した。もちろん“このは”こと美穂子であり、いきなり上物のシャンパンを頼む図々しさも、この前と同じだった。
 みやびは、先日の件を聞いていたらしく、待ち遠しかったと占いを催促してきた。乾杯するや否や、こちらから何も言わずとも、素早く手を差し出してきて、その瞳は期待に満ち溢れていた。
「恋愛運を占って」
 お安い御用だと、まずは意中の男性の名前をほのめかした。思った通りみやびが続いて相手の職業や似ている芸能人などを言い当てた後、テレビのバラエティでもやっているような、簡単なアドバイスを施す。
 あくまでもついでという形で、さり気なく幸田志穂について訊いた。
「……そういえば、みやびちゃんは志穂ママと仲が良かったんだよね。逆にママと仲が悪かった人っているのかな? 店長以外で」できるだけ自然に喋ったつもりだったが、微妙に声が上ずっているのが水嶋自身にもわかった。
 幸いなことに、みやびは気づいた様子もなく、
「さあ? そんな人いないと思うわ……この前言ったかもしれないけど、志穂ママの事を悪く思っている人なんて、いる訳ないわ」
 だが、そうでないことは直ぐに判った。水嶋の頭に『もりむら』というメッセージが浮かんだからだ。もりむらはおそらく人名と思われるが、その人物が何者であるかまでは判明できず、かと言って、みやびに直接訊ねるわけにもいかない。
 もしかしてスタッフの一人なのかもしれないと、美穂子の方へと向き直り、雑談を装いながら、みやびに聞こえないような小声で「ここの従業員に、

って人いる?」と質問した。
 しかし返事はノー。少なくともここのスタッフではなさそうである。
 美穂子は続いて、昨日電話で話していた、大事な情報について告げた。
「……実は神林を恨んでいる人がいるみたいなの。姉の事件と関係があるかは判らないけど。……もしかすると、そのもりむらって人がそうなのかもしれない」
 仮にそうだとすれば、もりむらという人物は、神林と志穂の両方と仲が悪いということになる。
 すると今度はみやびが口を挟んできた。
「ねえ、このはも占ってもらったら?」
 この流れになるのは予想していたが、美穂子は「何だか怖いわ」と拒否の姿勢を示し、手を触れさせまいと腕を組んだ。この前は随分はしゃいでいたくせにと笑い飛ばしたら、「この前はこの前。お嫌でしたら他の娘とチェンジしますか?」と、返してきた。
 てっきり冗談かと思いきや、美穂子は立ち上がって別のテーブルに向かうと、みやびより若いと思われるホステスを連れてきた。代わりに美穂子がそのテーブルにつく。
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