第75話

文字数 846文字

 店に入ると、いつもと雰囲気が違っていた。貸し切りだというのに、客は一組だけ。それも男性が二人いるにもかかわらず、ホステスは一人も付いていない。しかもその二人組の男性はともにサングラスをかけており、グラスも置かれていなかった。とてもリラックスしている雰囲気ではない。
 出迎えたみやびにいつもの笑顔はなく、何処か怯えている様子だった。話によると、今日もやよいは店を休んでいるらしい。出勤しなくなってから丸一週間になるそうだ。しかも連絡すらなく、すべて無断欠勤ということだった。先ほどポインセチアで美穂子が見かけたことと、何か関係があるのだろうか?
 まさかやよいが?
 そんななわけがないと首を振ったが、可能性はゼロではない。もし、神林とやよいが深い関係にあっとすれば……。
 美穂子に相談してみようかとの考えが頭をよぎるが、今は蒼ざめた表情をしているみやびの方が気になった。
 怯えている理由をみやびに訊いても答えは無く、水嶋の耳元に口を近づけると、小声で「悪いことは言わないから、今すぐ帰って」と囁いてきた。さり気なく腕に触れると『あいつがき』と浮かんだ。気配から察して『あいつが来ている』なのだろうが、あいつとは誰の事を指しているのか。もしかすると奥の二人組かもしれないが、水嶋は見覚えがないし、美穂子も知らない人だと言った。
 危険を察知するも、今さら店を出る訳にもいかない。美穂子も覚悟を決めているようで、みやびに、大丈夫よと微笑みを返していた。
 みやびは「どうなっても知らないわよ」とこっそりつぶやいた後、何故か二人とも男性客のとなりの誰もいない席へ案内された。水嶋はただならない雰囲気を感じ取っていたが、ここで不安がっても仕方がなく、席に座るや、明日にでもやよいの家を訪ねようかと美穂子に耳打ちした。
 それとなく隣の男たちをかすめ見ると、二人は明らかに堅気ではない雰囲気を醸し出している。遠目に志垣店長とすみれの姿が確認できた。二人は寄り添い合いながら、小声で何かを話しているように映った。
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