9節
文字数 1,704文字
……いや、違う。
全身がブルブル震えている。めちゃくちゃビビっている。
それでも必死にスピカを守ろうとしている。
吸血鬼はまたかと半分呆れつつ、紅い瞳でビエラを見つめる。
「……やっぱり効かないわね。
あなた何者?」
腰を落としビエラと目線の高さを合わせながら悪戯に語り掛ける。
「不思議な匂いがするわ。今まで嗅いだ事のない匂い。
どんな味がするのかしら?あなたの血から頂いちゃおうかな〜」
ビクッとして硬直するビエラ。目にウルウルと涙が溜まり始める。
それは遂に溢れ出し頬を伝って流れ落ちる。その感覚がギリギリで保っていた理性を決壊させる。
ビエラが大きな口を開けて泣き始めると、キーンという耳鳴りの様な音が辺りに響き始める。
まさかこれがビエラの泣き声なのだろうか?
スピカはビエラを静かに抱き寄せ頭を撫でる。
「私のために頑張ってくれてありがとうございます。
私は大丈夫ですよ〜
ヨシヨシ……」
抱き締めて分かったが耳鳴りのような音はビエラの口からではなく、ピーンと真っ直ぐ立ったアホ毛から発せられていた。
宥めてもなかなか泣き止まない。余程怖かったのだろう。
スピカは吸血鬼に冷たい目を向ける。
「な、何よ!?
ちょっと脅かしただけじゃない!」
「天罰が下っても知らないから。」
「フンッ!何が天罰よ。
悪魔の私に誰がそんなの下せるって……、ん?」
それは、瞬く間の出来事だった。
突如周囲が照らされ、異変に気付いた吸血鬼が空を見上げた。
それとほぼ同時に白く発光する何かが吸血鬼目掛けて凄まじい勢いで落下した。
落下の衝撃で地面が揺れ尻餅を付くスピカ。
落下地点には神々しくも思える白炎が立ち昇っていた。
「まさか、これって……
大地を揺らし、炎を立ち昇らせたっていう神様の奇蹟……!?」
炎は次第に小さくなっていき、最後には人の頭程度の小さな塊だけが残った。
そこに吸血鬼は居ない。消し炭になったのだろうか?そう期待したが……
「一体何なのよ、アレッ!?」
炎に呑まれたように見えた吸血鬼だったが、間一髪のところで直撃は免れていた。
しかし完全に避けられた訳ではないようで、左腕が根元から消し飛んでいた。
「やってくれるじゃない……!
人間のクセにッ!」
(……あれ?もしかして私がやった事になってる?)
「でもこのぐらいの傷、すぐに治せるんだから!
覚悟しなさいッ!!」
反撃されると思い目をギュッと閉じて身構えるスピカ。
でもいつまでも経っても襲ってこない。恐る恐る目を開け吸血鬼を見てみると……
「何でッ!?
何で治らないのよッ!?」
何故か腕が再生せず慌てふためく吸血鬼。
動揺する姿を見て、スピカは一か八かの大勝負に出る。
「次でトドメよッ!!」
意味ありげに天にアミュレットを掲げ、それを光らせるスピカ。相手の勘違いを利用して、もう一回同じ事ができる様に装ったのだ。
吸血鬼の顔が強張る。
間違い無い。またあれをやられるのが怖いのだ。
(お願い!騙されろ!!)
心の内を隠して仕掛ける一世一代のブラフ。
その気迫に気圧された吸血鬼は……
「じょ、冗談じゃないわ!もうッ!!」
吸血鬼はクルリと背を向けると慌てて飛び去り、闇夜に消えた。
「……勝った。
良かったぁ〜……」
全身の力が一斉に抜ける。
胸ではビエラがまだグズっていたが、アホ毛はいつも通りの垂れた状態に戻り、あのキーンという音も収まっていた。
遠くから大丈夫かい!?という声が聞こえる。声のした方を向くとミモザを預けたおばさんがいた。
他にも騒ぎに気付いた人がいたようで、知らない間に人集りができていた。
「なになに?何の騒ぎ?」
「通り魔が出たって。」
「何だったんだ、さっきの白い光?」
「あそこの女の人が何かしたっぽい。」
「飛んで逃げたのって吸血鬼だよな?」
「スゲェー!初めて見た!!」
「血塗れで倒れてる人がいるぞ!?」
「医者医者!」
「おーい!警官さん、こっちこっち!!」
その後、遅れて駆け付けた警官によりスピカ達は保護され、重症のアルクは医療区の大きな病院へと運ばれた。