5節
文字数 1,909文字
「それじゃあ行って来る。」
「行ってらっしゃい!」
「何度も言うが、誰が来ても絶対ドアを開けるんじゃないぞ!
夜中に連絡も無しに来る奴は、危ない奴に決まって……」
「分かってるってば!」
今日は週に一度の夜勤の日。
6回目となればもう慣れたもの。心配するアルクを軽くあしらい見送ったミモザ。落ち着いた様子で寝支度をし、すぐに寝床に入った。
…………
…………
…………
夜も深くなり殆ど住民が眠りについた。
いつもなら熟睡している筈のこの時間にミモザはふと目を覚ました。
何でこんな時間に?
自分でも目を覚ました理由が分からない。
寝ぼけ眼のまま寝返りを打とうとした時だった。
悪寒。
過去一度も経験の無い、強烈なそれが背筋を伝った。
確信に近い予感が告げる。
誰かが……居る!
背後からこちらを見つめている!?
(そ、そんな訳ない……!!
戸締りはちゃんとしたもん!誰も入って来れる訳ない!!)
気のせいだと必死で自分を騙し目を閉じる。
しかしその気配は薄まるどころか、まるでこっちを向けと言わんばかりにどんどんと強くなる。
向いちゃいけない!
向きたくない!!
そんな気持ちとは裏腹に、まるで操られる様に体を捻った。
「……誰も居ない?」
後ろはおろか、部屋中見渡しても何も居ない。
気のせいだった。そう安心した直後、視界の端で影が揺らいだ。
反射的に揺らぎが見えた窓に目を向ける。
街灯の明かりが差し込み、薄らと白み掛る水色のカーテン。
そこに、人らしきシルエットが浮かんでいた。
(うそ……っ!?
ここ3階なのに……!?)
その影は腕を伸ばし人差し指を窓ガラスに押し当てた。
すると、小さな金切り音を立てながら指先がゆっくり円を描き始める。
窓を開けようとしている!?
そう察したミモザは物音を立てないようにコッソリ起き上がる。
部屋の隅。本棚の一番下右隅。
そこから1冊の本を取り出し、その次に小物入れの小箱からペンを1本手に取る。
この2つを手にシンクの下にある、小さな収納スペースに身を隠す。
ちょうどその時、影の指先が一周した。
指が描いた軌跡通りにガラスに穴が開く。
[カチャ……!]
空いた穴から手を入れ窓の鍵を開けた。
ゆっくりと窓を開き、続いてカーテンをスライドさせていく。
その様子を扉の隙間から覗きつつ、ミモザは手に持った本を開いた。
『帰って来て』
そう一言だけ書き込むと本を閉じる。
恐怖で飛び出しそうな心臓を押さえ付ける様に、本をギュッと抱き締める。
影がスーッと足音ひとつ立てずに部屋に入って来た。
暗くてよく見えないが、どうやら部屋の中を見渡している様だ。探しているのは金目の物か?
いや、金目当てならこんな小さな安アパートを狙わないだろう。
だとしたら狙いは……
物陰、クローゼット、トイレ、浴室、……
侵入者は人が隠れられそうな場所を手当たり次第探り始めた。
10分。実際は数分だったかも知れないが、体感ではそれぐらい経過した。
ようやく諦めたか侵入者は入って来た窓の方を向き、外に向かい出した。
その様子を見て僅かに気が緩み、フ〜ッと息を吐いた時だった……
[ガタ……ッ!]
すぐ横にあった鍋が僅かに動き音を立てた。
音に気付いた侵入者がミモザの方を向いた!
誰か居る。そう確信した足取りで近付いて来る!
ミモザは慌てて本を見え難い物陰に押し込む!
直後に扉が開かれた。そこに居たのは……
「しに…がみ……!?」
足元まで隠れるトレンチコート。
頭にはフード。
手には皮手袋。
足にはロングブーツ。
肌のひとつも見せない、漆黒の装い。
そして何よりも異様なのは顔を覆い隠す不気味な白面。
その容姿はまさしく死神(グリムリーパー)だ。
先程窓ガラスをいとも簡単に切り裂いた手が震えるミモザに迫る。
指先がミモザの眼前まで伸びた、その時……!
一際大きな影が窓から飛び込んで来た!!
「娘に何をするッ!!」
「パパッ!!」
アルクだ!
先程書いたミモザの願いに応えて帰って来たのだ!!
彼は自分の方を振り向いた死神の首を鷲掴みにすると、渾身の力で窓の外に放り投げる!
そのまま向かいの建物の壁に叩きつけられるかに思えたが、相手は寸前で態勢を立て直し壁を蹴って屋上の方へと逃げ出す。
後を追うため窓に足を掛けながら、アルクはミモザに声を掛ける。
「パパが来たからもう大丈夫だ。
安心してここで待っていろ。」
「ウンッ!!」
アルクは再び外を向き空を見やると上空へと跳躍する。
向かいの建物の屋上へと着地すると、そこでは待っていたと言わんばかりに死神が悠然と待ち構えていた。