1節
文字数 2,620文字
この日スピカは自分の教会を離れ、ビエラを伴ってそこに来ていた。
何の為に来たのかと言うと……
「ビエラ様、ジャガイモの皮剥きどうですか?」
「(・ω・;) アトチョット」
「終わった分だけでいいので、こっちに持って来て下さい。
先に切っちゃうので。」
「( つ•̀ω•́)つ ハイ!」(数十個のジャガイモをドンッ!)
「うわ……!?まだこんなにあったの……
それにしても腕イタ〜……!!
もう1時間も包丁握りっぱなし……」
教会の隣にある宿舎。その食堂で2人は大量の料理を作っていた。
その量はざっと見積もって100人前。
1時間掛けてもまだまだ終わらない重労働だ。
「ク……ッ!硬……ッ!!
流石にこんな沢山切ってれば切れ味落ちるか……
砥石どこかな……」
あちこち戸棚を開けて覗いてみるが、やはり自分のキッチンではないので簡単には見つからない。そもそも有るのかどうかも分からない。
やはりここの家主に訊いた方が早い。スピカは一旦包丁を置き宿舎を出る。
それにしても何故、包丁がダメになる程の大量の料理を?
その答えは外に出てすぐ目に入った光景にある。
「うわっ!?
噂には聞いてたけど、13区ではこんなに集まって来るんだ。
“ヘルプ仲介”に……」
繁盛期だけ人員を増やしたい。
怪我、病気をしたので代わりが欲しい。
迷子のペットを探して欲しい。
こう言った一時的な助け(ヘルプ)を必要としている企業や個人は多い。そこに駆け付ける人をコスモスでは『ヘルパー』と呼んでいる。
そして星教会ではヘルプの仕事を仲介する取り組みをしている。
今、ヘルプ案件を求めて来たヘルパーが教会からはみ出す程集まっている。
スピカの担当する11区でもヘルプ仲介はしているが、ここまで集まる事はない。
因みにヘルパーなどと気取った名称を付けているが、要は非正規雇用のバイトだ。
それも1件辺り1日〜数日で終わる超短期。当然得られる報酬は少額となっている。
つまりここに集まっているのは、そんな小さな仕事でもいいから紹介して欲しいという人達。
安定した収入源を持たない困窮者だ。
13区はそういった困窮者が一番多い。そこでここを担当するある司祭長が、応援と支援を兼ねて週に1食だけの無料配給をする事にした。
これがかなり需要に合っていた様で、回を重ねる毎に配給を求めて来る人が増えた。
最近ではとても1人では作り切れない量が必要となり、配給の日は他の街区から応援を呼ぶ様になった。
そして今回の配給の応援に駆け付けたのがスピカとビエラ。
ヘトヘトになって作っていたのが、正にその配給食だ。
「え〜っと、司祭長は何処かな……」
「オイッ!テメェ!!
今オレの足踏みやがったなッ!!」
「はぁ?知らねぇよ。
別のやつだろ。」
「間違い無くお前だ!!
見ろ!靴が汚れた!
弁償しろッ!!」
「だから知らねぇっつってんだろ!
どうせ安物くせに、弁償とか言ってタカってんじゃねぇぞ!!」
スピカが人探しをしていた時、教会の中で2人の男が揉め始めた。
どちらもかなり気が立っている。殴り合いまで秒読みといった感じだ。
こんな混み合ってる場所でケンカをすれば周りを巻き込むのは必至。巻き込まれた人まで怒り出したら集団乱闘にまで発展しかねない。
スピカが仲裁に入ろうとした、その時……
〈たわけェェーーーーッッ!!!〉
建物全体が揺れる程の大きな声が響き渡った。周囲の人間は皆思わず耳を塞ぐ。
驚きで硬直する空気の中、1人の男性が人混みを掻き分け現れた。
歳は40代。スピカと同じく白い法衣を纏っている。
特徴的なのは丸く大きな体躯。身長は180センチ前後とそこまで巨大ではないが、身体のどの部位も丸太のように図太い。
だが力強い体幹を感じさせるドッシリとした足取りから、不摂生な肥満体型という印象は受けない。動物に例えるならゾウやカバだろうか。
その大巨漢はケンカする二人組の前まで行くと、左右の手で両者の頭を鷲掴んだ。
「神聖な教会内で何たる下劣な争いかッ!!
恥を知れいッ!!」
大巨漢は両者の頭を勢い良くぶつけ合わせた!
ゴンッ!という鈍い音が鳴り、どちらも目をグルグルさせて1発KOされる。
悶える2人を掴んだまま外まで引きずると、紙クズを放る様に道に投げ捨てた。
「お主らの様な蒙昧な者に託せる職務など無しッ!!
頭を冷やし出直せいッ!!」
言い分など一切聞かない、即断即決の喧嘩両成敗。
投げ出された2人は明らかに不満そうな顔を見せていたが、鬼の形相を見せる大巨漢相手に何か言える勇気は無く、大人しく帰って行った。
その様子を見ていた他の者達もビビった模様。
さっきまで我先にと押し合い圧し合いだったのが、自然と列を作り行儀良く並ぶ様になった。
教会内に戻って来た大巨漢にスピカは声を掛ける。
「流石ですね、アクベンス司祭長……」
「おお!スピカ司祭!
お見苦しい所をお見せしました。
して、どうされましたかな?」
「えっと、何だっけ……(衝撃的なもの見せられて飛んじゃった……)
あ、そうだ!
包丁の切れ味が落ちて来ちゃったんですけど、砥石ってありますか?」
「これは気が回っておりませんでした!すぐにお出ししましょう!
……と、その前に少しだけお時間いただけますか?」
アクベンスは教会の奥、祭壇の前で手を組み合わせ何かを呟く。
その後、1本の石柱の前に移動する。
何をしているのだろう?とスピカが不思議に思いながら見ていると、突然……!!
「フンッッ!!」[ゴンッ!!]
なんとアクベンスは石柱に向かって思い切り頭突きをした。
聞いただけでも痛い打音が柱を伝って反響する。
「なな!?何してるんですか!?」
「先程の2人にした仕打ちと同じ罰を自らに課したのです。」
「はい……?」
「正道だけでは保てぬ秩序もあります。時にはあのような手段もやむなし。
し か し ッッ!!
如何な大義名分があろうと暴力は裁かれねばならぬ悪行ッ!相応の罰は受けるが道理ッ!!
ご理解頂けましたか?」
「はぁ……」
「では参りましょう。」
額に僅かに滲む血をハンカチで拭いつつ、アクベンスは宿舎へと向かう。
さっきの柱をよく見てみると、頭を打ちつけていた箇所だけ若干赤黒いシミが付いている。
同じ様な事を過去何度もして来た証だ。
アクベンスの後に続きながらスピカは思った。
(相変わらずヤベェな、この人。)