2節
文字数 2,894文字
観客が多くてやり辛いなとボヤきつつ、スピカは特訓開始する。
手にしていた木槍を置いたスピカは、代わりに首から下げていたアミュレットを手に取る。それを両手で包み込むように握り、目を閉じて静かに集中力を高める。
数秒後、組んだ手をゆっくり離し始める。すると、手の内のアミュレットが薄ぼんやりと白い光を放ちながら宙に浮かんだ。
スピカの集中を乱さない様、リゲルは小さな声でレグルスに尋ねる。
「あれは……?」
「祈力で槍を創り出す技、【星槍(せいそう)】です。」
「それが真の奇蹟……?」
「ええ。
色々訊きたい事があるでしょうが、まずは見ていなさい。」
アミュレットの纏う光が徐々に形を変え、細長く伸び始めた。
しかし、伸びていく程に光が弱まっている様に見える。形状もイマイチ安定しない。
それでも歪だが一応槍と言える形状が出来上がった。その状態のままスピカが槍を握る。
「よ、ヨシ……ッ!
準備できました!」
「では基本の演武に入りなさい。」
スピカが光の槍を振り、舞い始める。
だが木槍の時とは違って動きがぎこちない。意識が完全に槍に集中してしまっていて、動きが緩慢だ。
それでも何とか演武を最後までやり通す。
「ふむ……
まだ十分に動けているとは言えませんが……
今日は思い切ってレベルを一気に上げてみましょう。」
「ええ〜……
何させる気ですか……」
レグルスはリゲルに目線を向ける。
「リゲル団長、スピカ司祭と模擬戦をして頂けるかな?」
「私ですか?
構いませんが、その……」
「勝負にならないと?
私の見立てではスピカ司祭の相手には、リゲル団長”ぐらい”が丁度いいと思っているんですけね。」
あからさまな挑発。だとしても、こんな言われ方をして引き下がったのでは騎士の名折れだ。模擬戦を承諾しリゲルがスピカ前に移動する。
軽く身体をほぐし、やる気を見せる彼に反して、スピカは明らかに嫌そうだ。
「いきなり模擬戦とか……
しかもリゲル団長って地味に強いし……」
「いつまでも一人で演武をしてるだけでは強くなれませんからね。
それに、星槍を上手く使い熟せば勝てない相手ではありません。」
「私、別に強くなりたい訳じゃ……」
「リゲル団長に勝てたら、星槍を会得したと認めます。もちろん特訓は終わりです。
たまに素行を監督するだけならここに寝泊まりする程ではないので、私は星教区に引き上げるとしましょう。」
「騎士がなんぼのモンじゃい!!
かかって来いやッ!!」
(どんだけ帰って欲しいんだ……)
勝負は時間無制限。動ける範囲は今2人がいる開けたスペースのみ。
スピカは槍、リゲルは剣のみを使用。自分の武器のどの部分でもいいので、先に相手に当てた方の勝ちとする。
「ハイ!ハンデ欲しいです!
速攻決められたら凹むんで、最初の1分はリゲル団長は攻撃禁止にして下さい!!」
「……と言ってますが、どうですか?」
「構いません。
これはスピカ司祭の特訓なので、それぐらいは当然でしょう。」
スピカとリゲルが互いに向かい合い構えを取る。
両者準備が整った事を確認し、レグルスが号令を出す。
「始めッ!!」
開始早々、容赦無く攻めるスピカ。リゲルが手を出せない1分間の内に勝負を決めたいという本心の表れだろう。
狭いスペースで長物武器を振り回されると避ける事は至難なのだが、流石は騎士団長。焦る素ぶりなど微塵も無く、冷静に攻撃を躱して行く。
「やっぱり動きにキレがないな。
それじゃあ10分あっても当てられないぞ!」
「こンのォッ!!」
喋る余裕すら見せるリゲルに焦ったか。スピカが思い切り突きを放つ。
しかしそんな大振りの攻撃が当たる訳もなく、リゲルはサッと横に回避する。
勢い余ってリゲルの後ろにあった柱に槍が当たりそうになるが、それを体勢を崩しながら何とか止める。
「あっぶなぁ……
槍折れるトコだった……」
「もう30秒は経ったかな?
その槍に隠し機能があるなら、そろそろ見せた方が良いんじゃないか?」
「ならお望み通り……ッ!!」
スピカの構えが変わった。
槍を片手で逆手に持ち、大きく振り被った!
「おりゃァッ!!」
スピカがリゲルに向かって槍を投げ付けた!
だが、その予備動作から投げてくる事は容易に予想できたのだろう。特に意表を突かれた様子も無く、リゲルは涼しい顔でそれを避ける。
武器を手放してしまったのならスピカの負け。
だが!スピカ決して文字通り投げ槍になってこの様な攻撃をした訳ではない!
(来いッ!!)
スピカが心でそう念じた瞬間、投げた槍が空中に静止した。
そしてクルリと穂先を回転させ、リゲルを背後から襲う!!
しかし……ッ!!
「そう来るだろうと思った。」
「ッ!!?」
なんとリゲルは背後から音も無く迫る槍に気付き、またしても難なく躱した。
戻って来た槍をキャッチし構え直すスピカだが、決まったっと思った攻撃を避けられた動揺を隠し切れていない。
「投擲系の攻撃は投げた物が戻って来るまでがセット。
よく読むバトル物劇画のお約束だ。」
「妄想知識じゃんッ!?
そんなので一発限りの秘策を読まれるなんて……ッ!!」
「さ、後10秒だ。
もうネタ切れか?」
「クッソォ〜!!
ゼッタイ負けない!ダラダラできる生活を取り戻す為にッ!!」
万策尽きてヤケクソになったか。がむしゃらに攻め始めたスピカ。
だが必死の猛攻も虚しく、勝負を決められないまま1分が経過。
遂にリゲルが反撃に転じる!
(こんなに暴れられると、手加減してもうっかり怪我させかねないな……
まずは槍を弾いて動きを止めるか……)
足を止めるリゲル。明らかに攻撃を誘われているのだが、構わずスピカは思い切り踏み込み槍を突き出す!
渾身の一撃だがリゲルにはスローモーションも同然。正確に攻撃の軌道とタイミングを読み、刀身を盾に身構えた。
ガード位置も受ける角度も完璧。このままぶつかれば、弾かれるのはスピカの方で間違いない!
しかしッ!ここでまさかの事態が起きた!
なんと槍が刀身を貫通したのだ!!
その瞬間、リゲルは察する。
ここまでの流れ全てが、スピカの前振りだった事を!!
柱を攻撃しそうになって慌てて引っ込めたのはわざと。星槍で硬いものは貫けない。つまりガード可能だと錯覚させる為。
その後の槍投げと背後からの不意打ち。それが失敗した後に慌て始めたのも演技。もう他に秘策は無いと思い込ませる引っ掛け。
開始からこの瞬間に至るまでの全てがスピカの描いた脚本通り!
リゲルの警戒を解き、安易にガードという選択をさせる為の布石!!
「もらったァァッ!!」
(マズいッ!?
避け切れない……ッ!!)
切先がリゲルの胸部に届く、その直前だった。
いきなり槍がバラバラに飛散し、光の粒子となって消えてしまった!?
「ふえ……???」
「やれやれ……
肝心なところで集中を欠きましたか。」
やっちまった……
という表情で固まるスピカ。そのおでこをリゲルが剣の柄で軽く小突く。
スピカVSリゲルの模擬戦は、順当にリゲルの勝利で決着した。