異聞
文字数 2,732文字
21時。夜の始まりとも言えるこの時間。
あるホテルの地下で盛大な宴が開幕する。
色鮮やかに点滅するネオンライトが、暗い地下室を薄らと照らす。
巨大スピーカーから爆音で音楽が鳴り響き、100人近い人間が一斉に騒ぎ出す。
ある者はけたたましく叫び、ある者は浴びる様に酒を呑み、ある者は踊り狂う。
まるでここだけ”理性”という概念が消し飛んだ様な、異様な空間が出来上がっていた。
そんな地下の一番奥。
一際大きいベッドの様なソファに、1人の若い男が女を両手に抱きながら座っている。
ギラギラ、ジャラジャラと見てるだけでやかましいアクセサリーを全身に纏い、薄暗い地下じゃ見難いだろうというデカいサングラスを掛けている。
そんな男の元には引っ切り無しに参加者が挨拶に来る。
その都度、強引に肩を抱き寄せたり、頭を雑に撫で回したり、唾を吐き掛ける様に目の前で大笑いしたりする。
一挙手一投足が無駄に大袈裟でデリカシーの欠片も無い。ガサツの極みと言えるだろう。
それでも挨拶に来た物は誰一人嫌な顔を見せず、笑顔を絶やさない。
男の雑なコミュニケーションを受けながら、それぞれ鞄や紙袋を男に手渡して行く。
中身を確認したガサツ男は満足そうニヤけると、パーティを楽しめと送り出す。
そんな中、5人の男達がやって来た。
ビエラ達をカツアゲしようとして、まんまと仕返しされたあのグループだ。
リーダーの男が一歩前に出て挨拶する。
「よォ〜ッ!!来やがったなァ!!
え〜っと……誰やっけ?」
「アルファルドです。
誘って貰ったのは2回目で……」
「ああっ!そうそう!!
覚えとるって!冗談やんッ!!」
そう言いながらアルファルドの腹を軽くパンチするガサツ男。
愛想笑いで応えるアルファルドの姿は、カツアゲしていた時とは別人の様に小さい。
「参加料はここに。
招いてくれてありがとうございます。」
「オウッ!イイって事よ!!」
カツアゲグループの5人はあの後ちゃんと金を見つけ出す事ができていた。
その金を手渡し、その場を離れようとした時だった。
「おいおい、こりゃどういう事やねん。」
「は?何か……?」
「この金、汚くね?」
ガサツ男がカバンから取り出した札束をチェックしながら言った。
確かに一部の金が泥や埃で汚れている。きっとビエラ達が隠した時に付着したのだろう。
とは言え、使えないほどではなく、お金として問題は無いはずだが……
「きったね……
要らんわ、こんなん。」
ガサツ男は金を持ったまま席を立つと、ダンサーが踊っている高台のステージに上がった。
マイクを要求し、それを受け取るとこう叫んだ。
「オイみんな!盛り上がっとぉかッ!!」
〈イエェーーイッ!!!〉
「ワイの大事なブラザーにプレゼントや!!
受け取れェーーーッッ!!」
ガサツ男は5人組から受け取った金を盛大に宙に放り投げた。
300万という大金が舞い、それに参加者達が蟻の様に群がる。
その様をひとしきり大笑いした彼は、満足そうに元のソファに戻って来る。
あんなに必死になって用意した金を、ゴミの様に扱われ唖然とする5人組。
そんな彼らにガサツ男は耳を疑いたくなる事を言う。
「いや、何してんの?
オモロい顔しとらんで、早くちゃんとした金持って来てや。」
「なッ!!?」
この男、汚かったからと言うだけで本当の意味で金を捨てた!
しかも、事もあろうにもう一度同じ金額を要求して来た!!
こんな横暴にキレない者なんているのだろうか?
男達はふざけるなと怒りを露わにしガサツ男に掴み掛かろうとする。
が、それを止めた者がいた。
それは他ならぬ彼らのリーダー、アルファルドだった。
「すみません!
金は用意し直します!ですが、今すぐはちょっと……
次のパーティで3倍払うので、それで許して下さい!!」
「ア、アルさん……!?
何言ってんすか!?」
仲間達がバカ言うなと止めても、アルファルドは一切訂正しなかった。
それでもガサツ男は参加を認めようとしない。
「300万ぽっちも払えん奴をパーティに参加させたら、ワイやみんなの格が落ちるやんけ。
帰ってエエよ。つか帰れ。」
「お願いですッ!
どうか!オレ達も参加させて下さい!!」
何故ここまでして、このパーティに加わりたいのか?
それはこのパーティが選別だからだ。
一度でも参加しなかった者、参加できなかった者は落選。その後二度と呼ばれる事はない。
つまり完全にコミュニティから除名される。それだけは避けたいのだ。
(オレが負け組から這い上がるには、このコネクションを失う訳にはいかない……ッ!!)
必死に頭を下げるアルファルド。
そんな彼を文字通り見下しながらガサツ男は語り掛ける。
「なぁ、今どんな気持ちなん?
わかんねぇんだわ。ワイ、謝った事とか一度もあらへんから。
これからもする事は無い。死ぬまで、一度だってな。
何でかわかるか?
それはワイが”強者”やからや。」
そう言いながらまるで飼い犬を躾ける様に、下げられた頭を押さえ付ける。
「お前もそうなりたいんやろ?
今までずっと謝る側、コキ使われる側、ナメられる側やったもんな?
ここを追い出されたら一生そのままやな。」
アルファルドの身体が震える。
恐怖しているのは目の前の男だろうか?
それとも、今までの自分の境遇だろうか?
ガサツ男は小馬鹿にして頭をペシペシ叩く。それでもアルファルドは微動だにせず頭を下げ続ける。
その様を見ながら徐に立ち上がると……
「なれるで、お前なら。
ワイみたいな強者にな!!」
「え……」
「なれると思ったから、ワイはここにお前を呼んだんや!」
ガサツ男はアルファルドに手を差し伸べ、ニコリと笑った。
「立てよ、ブラザー!!
一緒に呑もうぜッ!!」
「あ……ありがとうございますッ!!」
アルファルドは差し出された手をギュッと握り立ち上がる。
そしてガサツ男から杯を受け取り酒を呑み交わすのだった。
この瞬間、彼は負け組ではなくなった。
己の持つもの全て、生死すら他者に支配された存在。
奪われる為に生かされる”家畜”となったのだ。
全ての参加料をせしめ終えたガサツ男。
改めて集まった者達を眺める。
参加者達はこのコミュニティに所属している事こそが勝ち組の証だと思い込んでいる。
だから首輪を掛けずとも決して逃げない。鞭を打たずとも決して逆らわない。
正に理想的な家畜。それが部屋を埋め尽くさん程に集まっている。
その光景を肴に酒を呑み干し、ゲップと共にほくそ笑む。
「こんだけおれば十分やな。
そろそろ動くとすっか!落とし前を付けに!!
次期会長はこのワイ!
マルフィク=オフィウクスやッ!!!」