1節
文字数 2,588文字
人は無力でしたが神は奇蹟の力を持っておりました。
その髪は光り輝きあらゆる闇を払い、その血は万病を治し、その声は大地を揺らし炎を立ち昇らせた。
神に守られ、人は何不自由なく暮らしていました。
しかしある時、かつてない災禍が世界を襲います。
その力はあまりに強大で、神でさえ祓う事はできなかったのです。
そこで神は自らの身を盾に災禍を抑えるため、空の先へと旅立ちました。
この世界に人だけを残して。
でも心配する事はありません。神は居なくなった訳では無いのです。
夜になると神も家に明かりを灯します。夜に空で光り輝く星は神の家の灯。今でも空の向こうで生きているという証です。
いつでも彼方から私達を見守って……
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「スピカ司祭しつも〜ん!」
とある街の一画にある古びた小さな教会。中には1人の女性と2人の男の子の3人の姿しかない。
女性が本を手に講和していると、片方の男の子がそれを遮り手を上げる。
「何?リギル君?」
「空の先って要は宇宙だろ?
宇宙には何も無いんじゃねぇの?」
遠回しな訊き方だが少年が知りたいのは『空の先に本当に神様はいるのか?」という事だろう。
これに対し白い服の女性は真顔で答える。
「イイ?よく聞きなさい。
宇宙なんてものは……ありません!(キッパリ)」
「えぇ!?」
「だって空の先なんてまだ誰も行った事無いでしょ?
誰も行った事がないなら何言ってもバレない。だから適当言ってるのよ。」
「そうだったのか……」
滅茶苦茶な暴論にまんまと丸め込まれようとしているリギルを見兼ねて、もう1人の少年が口を挟む。
「適当な事言わないで下さい……
無人機でなら宇宙まで行けた成功例は幾つもありますよ。」
「じゃあポルックス君は宇宙がどんなところか知ってるの?」
「もちろんです!」
聡明そうな少年は持ちうる知識を2人に披露する。
宇宙は水どころか空気すらない完全なる無の空間である事。上下の概念がない無重力である事。温度は絶対零度であらゆる物が凍りついてしまう事。
他にも難しい専門用語を使って得意げに話す。
だが聞く2人の目には明らかにハテナが浮かんでいる。全然理解してもらえていない事を悟ったポルックスは結論を一言でまとめる。
「要するに宇宙はとても生物が生きられる場所じゃないって事。」
「じゃ、やっぱ神様なんて居ないんだな。」
「まさか信じてたの?10歳にもなって。」
「し、信じてねぇし!
でもスピカ司祭が空の先には神様が居るってマジで言うから……」
「大人には立場というものがあるんだよ。それぐらい察して上げろよ。
本気で宇宙に神がいるなんて思ってないさ。
ですよね、スピカ司祭?」
「本気で信じてるけど。」
「えぇ……」「えぇ……」
10歳の子供2人に哀れみの目を向けられるスピカ。
それでも星教で語られる神話は全て真実だと言い張り、証拠も無いのに頑として譲らない。
これではどっちが子供かわからない。
「そんなんだから結婚できないんだよ。」
「できないんじゃなくてしないの。
聖職者ですから!」
「星教の聖職者に『婚約禁止』なんてルール無いと思いますが。」
「うるさいッ!」
話が脱線し始めたのと同時に教会の鐘が鳴り響く。
窓からは黄金色に染まった光が差し込んでいた。
「さっ、今日は終わりね。
寄り道しないで帰るのよ。」
「は〜い!」「ハイ!」
子供達が荷物をまとめ終えたのを見て教会の扉を開く。目の前の通りには既に帰路につき始めた多くの人が途切れる事なく行き交っている。
スピカは笑顔で手を振りながら人の流れに乗る2人を見送るのだった。
「今日も凄い人混み……、また増えた気がする……
宿舎がすぐ隣で良かった。」
——その日の夜——
「はぁ〜……
神様なんて居ない、か……」
晩御飯を食べ終わり宿舎2階の自室で一息付いていたスピカは、窓から夜空を眺めながら子供達の言葉を思い出していた。
神様の存在を信じない人は珍しくない。それでも子供の頃はみんな信じているものだと思っていた。
スピカが子供の頃は皆で教会に集まり、勉強の終わりに神話の読み聞かせに耳を傾けていたものだ。
それが今や教会学校に来てくれるのは2人だけ。人の数自体は増えているはずなのだが……
「このまま星教って忘れられちゃうのかな……」
もしそうなったら自分は職を失う。つまり転職活動をしなければいけなくなる。
だが今の時代、資格も実務経験もない人間は何処も採用してくれないと聞く。聖職者としての経験が活きる他の職なんて思い付かない。苦戦は避けられないだろう。
悲惨な未来を想像し青褪めるスピカ。
窓から身を乗り出し両手を組み合わせ夜空の星々に訴えかける。
「神様、このままじゃみんなあなたの事忘れちゃいますよ。
たまには顔出すぐらいして下さいよぉ〜」
その直後だった。思わず瞼を閉じてしまうぐらいの強い光が目を刺激した。
外は昼間と錯覚するほど明るく照らされ、遠くまではっきり見渡せた。
その光はなおも強くなり、そして……
凄まじい爆音と共に立っていられない程大きく足元が揺れる。スピカは叫び声を上げながら蹲った。
程なくして揺れは治まったが安心はできない。本当に大丈夫なのかと部屋や窓の外をキョロキョロと見渡す。
……取り敢えず大丈夫な様だ。あの強い光も消えてる。
「なんだったの、さっきの?」
呆然としていると近くの建物から続々と人が出てくるのが見えた。みんな異常がないか確かめているのだろう。スピカも一度外に出てみる事にした。
家の前から周りを確認したが崩れ落ちた建物などは見当たらない。ホッと胸を撫で下ろし部屋に戻ろうとした時、ふと教会の方が気にかかる。
「何ともない……よね?」
そう思いながらも何故か気になって仕方ない。大丈夫と思うが念のため、とすぐ隣の教会の扉に手を掛け静かに引く。
中を覗き込むとそこには案の定いつもと変わらない姿が……、無かった。
木片やら石片やらの瓦礫で散らかった聖堂。壁に叩き付けられたと思われる椅子だったものの残骸。天井には大人でも優に通れそうなぐらい巨大な穴が空いている。
無惨に変わり果てた教会。だがスピカの目はそれらではない他のものに釘付けにされていた。
空いた天井の穴から差し込む月光。
その光が降り注ぐ先に佇む1人の女の子に。