13節
文字数 2,569文字
同時に聞き出した事情を保護者に伝える。
イケナイ事をしたところはあるが、決して悪意があった訳ではない。それに自分のミスが原因である点もある。
だからこれ以上怒ったり、問い詰めたりしないで上げて欲しい。
そう付け加えつつ。
全員を送り終え家に戻って来たスピカ。時計を見ると普段ならもう寝支度を始めている時間になっていた。
きっとビエラが眠そうに待っているだろう。そう思いながら部屋のドアを開ける。
「お待たせしました、ビエ……
あ、もう寝てる。」
あれだけの騒動があったのだ。スピカを待たずに寝てしまっても無理は無い。
しかしお風呂に入れていない。出歩いて汚れている筈なのに、ちょっと不衛生だ。
そんな事を食堂で後片付けをしているレグルスに話す。
「朝起きたらすぐお風呂に入れなきゃな……」
「お風呂なら済ませているので、その心配は要りません。」
「え?なんで
……ああ、レグルス主教が入れてくれたんですね?」
「いえ。
1人で勝手に入っていましたよ。」
「ええ!?」
お風呂だけでなく、寝巻きの準備や歯磨きなど。
いつもしている寝支度を一通り全部1人でやってから寝たと言う。
それもレグルスが指示した訳ではなく、自分で自発的にだ。
その話を聞いてスピカは驚きが隠せないでいた。
「別に不思議ではないでしょう。
寝支度よりずっと難しいおつかいを何度もこなしているのですから。」
「そう言われれば、そうですね……」
少し考え込むスピカ。
片付けを終えて自室に戻ろうとするレグルスを引き留める様に、こう質問する。
「私ってビエラ様に甘過ぎですか?」
彼女の問いにレグルスはすぐ答えなかった。
代わりに自室に向いていた足をキッチンへと向け直し、2つのグラスと1本しかないワインボトルを取り出す。
それを持ってスピカが座るテーブルの向かいに腰を落ち着ける。
「呑みますか?」
「サシ呑み!?
中年臭いですよ……」
「あなたは立派な中年でしょう。」
「20代はまだ若年です!
……ま、いいや。せっかくなんで貰いま〜す!」
2人ともそんなにお酒を嗜む方じゃない。
控えめにコップ半分だけワインを注ぎ、チビチビ呑み進める。
「リギルさんの顔、気付いていたでしょう?」
「当然じゃないですか。
だって腫れてましたもん。」
リギルの殴られた跡。
本人は気付かれなくてラッキーと思っていた様だが、スピカもレグルスもしっかり気付いていた。
「その傷はどうしたのか?」と尋ねれば、何かしら答えはしただろう。
ただ、それが本当かウソかは分かりかねる。
だからスピカからは触れず、敢えて無視した。
訊かれる前に自分から傷について話したとしたら、それは大した経緯がない本当にただの傷。
逆に話そうとしなければ、話したくない事情があるという事。
そう判断できるからだ。
「結局最後まで話さなかったので、まだ何か隠してる事があるんでしょうけど……
リギル君って裏表無さそうに見えて、意外と隠し事するんですねぇ。」
「彼だけではありません。」
「はい?」
「傷跡が真新しかったので、できたのは数時間前でしょう。
という事は、傷を負った経緯はリギル君本人だけじゃなく、他の子も知っているはず。
もちろんビエラさんもです。」
ビエラは今まで、スピカに嘘や隠し事をした事は一度も無い。
だから今日、内緒で遠出していた事は割とショックだった。
にも関わらず、ちゃんと問いただした後もまだ隠し事をしている。
できない事ができる様になった。と解釈すれば喜ばしい事だ。
だが自分の知らない秘密を持ち始めたと考えると、心の距離が空いてしまった様に感じる。
「これだけ一緒に居るのに知らない事があるって……
悲しいですね……」
「子の全てを知っている親など存在しません。
子は親の分身などではなく、完全に独立した1人の個人ですからね。」
「全部知ってる気になっちゃダメって事か……」
「最初の質問に戻ります。
“甘過ぎか?”と言うと、私は決してそんな事は無いと思います。
ただ、”甘く見過ぎ”だとは思います。」
子供の成長は早い。少なくともスピカの認識以上に。
今日だって上手くいかなかったかも知れないが、子供だけで商業区まで行き、ちゃんと帰って来たのだ。
これにはスピカはもちろん、流石のレグルスも驚いた。
隠し事を持ち始めた事もそう。見てない所で色々やっている証だ。
「もしかすると、その隠している事を知ったら、もっと驚く事になるかも知れませんね。
貴方みたいに、しなくていい悪人退治をしていたかも知れない。」
「そこまでされたら、もう私する事ないじゃないですか!(笑)」
お酒の影響か、珍しく冗談っぽく話すレグルス。
しかし次の言葉を話す時にはキッと表情を固くした。
「逆に悪い事をしている可能性もあります。」
「まさか!?
ビエラ様に限って……」
「”無い”と言い切れば、それもまた子供を甘く見ている事になります。
侮ってはいけません。」
「は、はい……」
現にビエラはモモンガを逃がそうとした。条例違反だと知りながら。
悪い事は絶対しないと言い切れる筈もない。
成長は必ずしも良い方向に向かうとは限らない。
優しく信じる事も重要だが、厳しく疑う事も同じぐらい重要なのだ。
そう釘を刺されたスピカ。
最近子育てに塾れて、ビエラの扱いが大雑把になりつつあったかも……
と反省し、改めて気を引き締めるのだった。
「とは言え、今回ぐらいは素直に成長を喜びましょう。
貴方はよくやっていますよ。私などよりもずっと……」
「??」
「さて、私ももう寝ます。少し酔いが回ったのでね。
湯は沸かしたままにしています。すぐに使えますよ。」
自室へと帰って行くレグルス。
スピカも自分の部屋に戻り、風呂に入る準備をする。
ふとビエラの寝顔が目に入る。
あんな話をした後だからか、いつもより少し大人びて見えた。
遊び疲れた時とは違う。
一仕事終えて緊張から開放された時の寝顔。
だとしたら掛けるべき言葉は、いつもの「おやすみ」じゃない方がいいかもしれない。
労を労う言葉が相応しいだろう。
肌けた布団を掛け直しつつ、そっとその言葉を投げ掛けた。
「お疲れ様です。」
ーーーー 第10章『初めてのおつかれ』 完 ーーーー