4節
文字数 2,158文字
目覚めたスピカはまたレグルスに叱られないよう、しっかりと新聞に目を通していた。
一面にはこんな記事が載っていた。
[第7居住区でまた通り魔事件が発生。
被害者の女性は深夜に背後から襲われたが、偶然通り掛かった見廻り中の警官に見つかったため犯人は何もせずに逃げ去った。
2ヶ月前から同様の事件が7件発生しており、いずれも被害者は女性で深夜に発生している。被害者には全員首に噛み付かれた跡が残っているが幸い重傷者は出ていない。
事件が起きる間隔は1〜2週間に一回程度だが、今回襲撃に失敗したため近日中に再犯を起こす可能性があると危惧されている。]
「うわ、怖いなぁ……
第7居住区って西隣の街区じゃん。
解決するまで夜は外に出ないようにしないと……」
改めて情報収集の大切さを思い出しつつ一通り目を通し終え、他の郵便物も確認する。
その中に教会の改修が完了したという報せがあった。先日助けた商業区のお爺さんが費用を出してくれたリフォームの件だ。
今日の午後仕上がりを確認して欲しいとも書かれている。いったいどんな風に仕上がっているのだろうか?
——午後——
スピカは建築家の人と合流し教会に足を運んだ。幕が取り払われ露わになった外観はデザインこそ変わっていないがその輝きは以前とは明らかに違った。高まる期待を胸に扉を開ける。
「うわぁ……ッ!!」
なんという事でしょう!
あの築100年を超えるボロ教会が新築同然に生まれ変わっているじゃありませんか!
天井の穴が綺麗に塞がっているのはもちろん、所々傷んでボロボロになっていた床もツルツルピカピカに修繕されている。
いくら磨いてもくすみが取れなかった窓は外の様子を鮮明に透過し、手が届かず諦めていた柱の上のクモの巣も取り払われている。
そして何よりも目を引くのはステンドグラス。汚れとヒビで見るに耐えなかったそれが新品に生まれ変わり、太陽光に色を付け床に美しい模様を描いている。
「どうでしょうか?ちょっと弄り過ぎましたかね?」
「いいえ!とても素晴らしいです!!」
まさかここまでしてくれるとは。ゼロから建てるのと大差ない金額がかかっているんじゃないだろうか。
そんな大金をパッと出せるとは、あのお爺さん何者なのだろうか?
スピカの最終確認を終え建築家の人が去った後、改めて生まれ変わった教会を見て回る。
椅子や祭壇も新しくなってる。綺麗さだけなら星教区の大聖堂にも引けは取らない。
ビエラも興味深そうにあちこち駆け回る。もうここで走り回っても埃まみれになる事はないだろう。
「ここが私の教会……
ムフフ……っ!」
自然と顔がニヤけてしまう。人に見せられない顔をしていると出入り口の扉が叩かれる。
慌ててニヤけた顔を整え直し扉を開くと、そこには昨日会ったアルクと1人の女の子がいた。
中を覗いたアルクは驚いた顔を見せる。
「おぉ……!?
まさかこんな立派な教会をお持ちだったとは!
若くして司祭の職に付いているだけでも立派なのに。私の様な不心得者とは格が違いますね。」
「いえいえ、それほどでも〜!」
褒められ整えた顔がまた緩む。
何かご用件ですか?とちょっと気取って尋ねる。
「実はこの子を一晩預かっていただきたいのです。」
扉を開けた時から気になっていた女の子に視線を落とす。
歳はちょうどビエラと同じくらいだろうか。黄色の花の髪飾りがとてもよく映えている。
「私の娘です。
ほら、自己紹介。」
「初めまして、ミモザ=クルスです。
お会いできて光栄です。」
「これはご丁寧にどうも……」
アルクの要件は今日の夜、家を空ける予定があるのでミモザの面倒を見て欲しい、という内容だった。
母親は居ない上ここへ来て間もないため頼れる人がおらず困っていたが、昨日自分の娘と同じくらいの子供を連れていたスピカを見て、この人なら安心だと思い訪ねて来たらしい。
「昨日会ったばかりで図々しいとは思いますが、お願いできないでしょうか?」
「構いませんよ!
昨日お互い助け合いましょうって言ったじゃないですか。」
スピカはしゃがんでミモザと目線の高さを合わせ自己紹介する。
ミモザは一礼してから手を差し出し握手を交わす。礼儀正しく人見知りしない性格のようだ。幼くしてアルクの旅に同行していたからか、歳に比べて大人びた印象を受ける。
「じゃあ次はビエラ様……ってあれ?ビエラ様はどこ?
さっきまでチョコマカしてたのに。」
呼びかけるとビエラは祭壇の陰からひょっこり顔を覗かせる。こっち来て下さいとお願いされ走り寄って来る。
自ら自己紹介して握手を求めるミモザ。ビエラも手を差し出すがアホ毛が目に入ったミモザは手ではなくアホ毛をギュッと握ってしまう。
ビックリしたビエラはスピカの後ろに隠れる。
「これ、あまり触られるの好きじゃないみたいなの。」
「そうだったの、ごめんなさい……
お詫びにコレ上げるわ!」
ポケットから飴玉を出して隠れたビエラを誘い出す。お菓子で釣る戦法は父親伝来なのだろうか?
まんまと釣られて飴に手を伸ばすビエラの手を握り握手を交わすと、そのまま教会を見せてと手を引き一緒に駆けていく。これならすぐに仲良くなれるだろう。
それを見届けたアルクはよろしくお願いしますと言い残し教会を後にした。