10節
文字数 2,274文字
「パパーー!
お見舞いに来たよーーー!!」
例の事件から一夜明けた翌日の午後。
スピカとビエラ、そして無事意識を取り戻したミモザの3人はアルクのお見舞いに来ていた。
アルクの怪我は相当酷く初めは全治三ヶ月、複雑に折れた右腕に関しては最悪元通りには治らないと診断された。
しかしアルクの回復力は常軌を逸しており、たった半日で傷は殆ど完治していた。これも魔獣の力によるものだろう。
「いつまでもミモザを預けていては申し訳ないので、明日には退院させて貰う事にしました。」
「エェ〜!もっとゆっくりでも良いのに〜!」
「そんな事言うな。
そうそう、しばらくはこの街に住もう。
どうやら近くにママが居るようなんだ。」
「ホントッ!?」
アルクの言うママとは他ならぬあの吸血鬼。2人の探し人とはミモザの母親だった。
アビィオール=カリーナ。
悪魔でありながら人間のアルクと結ばれミモザを身篭った女性。
しかしミモザを産んですぐ行方を眩ましてしまった。『実家に帰らせてもらいます』という手紙だけを残して。
実家が何処にあるのか知らなかったため殆どアテもなく旅をしていたが、人に噛み付く通り魔事件の噂を耳にし、もしかしてと思いこの国にやって来た。
というところまでは昨晩の内に聴いている。
ミモザは昨日の夜の事は覚えていなかった。どうやらあの眼には記憶を消す力もあるらしい。
母親が吸血鬼である事は知らない。顔も知らないため彼女を見ても母だと気付かなかったようだ。
スピカはビエラとミモザに外で遊んでてくれるようにお願いし、病室でアルクと2人きりになれるようにした。
「さ、懺悔してもらいましょうか。
何で彼女はあそこまで怒っていたんですか?」
アルクは渋々経緯を話し始める。
2人は結婚する時にある誓いを立てた。
アビィは二度と吸血行為はせず悪魔の力を使わない事を。
アルクは普通の女性になった彼女をどんな時でも守り、側にいる事を。
この誓いは破られる事なく2人は幸せに過ごしていたが、ミモザが産まれる時事件は起きた。
殆どの女性にとって最も辛く苦しい瞬間である出産の時、アルクは事もあろうに他の女性から受けたパーティーの誘いを優先し最後まで駆け付けなかったのだ。
アビィはそれを出産の時に浮気していたと受け取り激怒。家を出て行ってしまった。
彼女を追ってわざわざここまで来るぐらいなのだから浮気の意図は無かったのだろうが、これは怒られても仕方ない。
「私は、どうすれば許して貰えるのでしょうか……」
「どうすれば誤ちを許して貰えるか、それを考える事こそが償いですよ。
諦めずに悩み続けて下さい。出来る事があれば私も力を貸しますから。」
「そう言って貰えると少し勇気付けられます。
ハハ、樹教徒の私が星教徒の方に助けられるとは思いませんでした。」
「改宗しても良いんですよ?」
一通り事情も分かったし怪我も問題無さそうなので今日は帰ろう。
席を立った時、アルクはスピカを呼び止める。
「私からもひとつ質問させて下さい。
アビィを追い払ったあの光はスピカ司祭がやったのですか?」
「いいえ。
あれはビエラ様の、神様の力です。」
あんな小さな子が神様とは俄には信じられないアルクだったが、あの奇蹟を目撃した以上ビエラが普通の子供じゃない事は認めざるを得なかった。
あの力にはスピカも驚いた。やはりビエラは神様で間違いないと興奮する。
今はまだ信じてくれる人は少ないが、ビエラの力を見せつけてやればアルクの様にいずれ信じてくれるに違いない!
そう話すスピカにアルクは待ったをかける。
「余計なお世話かも知れませんが、この事は公に言わない方がいいでしょう。」
人々の注目に晒されるにはビエラはあまりにも幼い。
ビエラの力が知れ渡れば今まで通り2人で生活する事はまず不可能。それどころか最悪ビエラを巡って争いが起こる可能性もある。
「強過ぎる力は必ずしも崇拝の対象にならない。時に恐れられ、時に利用される。
今回の事件で貴女やビエラちゃんに近寄って来る人間が必ず出て来ます。
充分に気を付けて下さい。」
——自宅前——
アルクの話を思い返しながらスピカ達は家に帰って来た
すると玄関の前で見知らぬ人に声を掛けられる。
「コスモス新聞社のアルデバラン=タウロスです。
昨晩の被害者のスピカ司祭ですね?お話を伺ってもよろしいですか?」
突如現れた中年男性に半ば強引に近くの喫茶店へ引き込まれ取材を受ける。
色々質問されたが一番細かく聞かれたのはやはり吸血鬼を追い払った、あの落下物についてだった。悪魔を一撃で追い払う程の力。みんながその正体を知りたがっている。
だが、アルクの忠告を聴いていたスピカには正直にビエラの力だとは言えなかった。
「私にもよくわかりません。」
「何か知ってるんでしょう?
心当たりだけでも話して貰えませんか?」
アルデバランは何度も執拗に訊き返して来る。あまりにしつこいのでスピカは適当にこう答える。
「神様にアイツを倒してってお願いしたら倒してくれました。
なんちゃって!」
翌日、新聞には一面にこう書かれていた。
[女司祭 神に命じて吸血鬼撃退!!?]
国民の大半はその見出しをネタとして受け取った。
しかし吸血鬼が追い払われた事は紛れも無い事実である。
片腕を失ったためかその後1ヶ月が経過しても吸血鬼が再び現れる事はなかった。
通り魔事件は解決。その立役者としてスピカの存在は街中に知れ渡るのだった。
ーーーー 第2章『人狼と吸血鬼と秘密の愛』 完 ーーーー