8節
文字数 2,940文字
半ば強引に3日の執行猶予を貰ったスピカは翌日から早速情報収集を始めた。まずは被害者への聞き込みだ。
「すみません。今回の事件について知っている事を聞かせて下さい。」
「……」
「どれくらいの被害が出たのでしょうか?」
「……」
「あの、ちょっとだけでも話を……」
「退いてくれ!仕事の邪魔だ!」
農夫達は誰もスピカの聞き込みに協力してはくれない。
自分達を苦しめ、あまつさえ殺そうとした魔女を救う手助けなんて、誰もしたがらないのは至極当然の事だった。
とは言え、人の嫌悪を向けられるのはやはり精神的に堪えるものがある。
落ち込むスピカの姿を見てビエラが心配そうに顔を覗き込む。
「大丈夫です。これくらいで諦めませんって!
手痛いけど農夫さんの手助けは得られないと割り切って、別の方向から調査を進めるしか……」
そう思い始めていた時、とある人物に話し掛けられる。それは課外授業に協力してくれたハマルお婆さんだった。
招かれるままハマルの家に上げて貰う。
「私も死刑はやり過ぎだと思うのだけど、声を上げる勇気が持てないでねぇ……
申し訳ありません、司祭様。」
あの空気では反対意見を言い難いのは仕方ない。スピカとは違いハマルはこれからもここの人達と協力して行かなければならないのだから。
それでもハマルはこのまま見過ごす事はしたくないと、知っている範囲で教えてくれる事になった。勇気ある行動に感謝しつつ色々と質問する。
「一番気になっている事なのですが、みなさんはどうやってあの森を抜けたんですか?」
「森がどうかしたのかい?
何でもない只の一本道だったと聞いてるけど……」
不思議に思う気持ちが一致したのか、自然とスピカとビエラの顔が合う。
スピカ達の時は酷い幻覚を見せられた。幻覚の通じないビエラが居たから何とか抜けられたのに、何故か農夫達の時は霧が晴れて何も起きなかった。
これではまるで来て下さいと招き入れている様だ。
「魔女に狙われる様になったきっかけって有るのでしょうか?」
「きっかけは分からないけど、初めに狙われたのは区長の農園だよ。
ここで一番大きな農園をお持ちなんだけど、それは酷い荒らされ方で殆ど駄目になったって。」
「区長ってあの乱暴な口の利き方の方ですか?」
「ディフダ区長は最近体調を崩されて寝た切りだから、あそこには居なかったよ。
あの口の悪い人は区長のお兄さんのメンカルさんだよ。」
と言う事は弟の農園を荒らされて怒っていたのか?
と思ったがそれは違う。寧ろメンカルとディフダ区長には因縁があるらしい。
一大農家の兄弟である2人は、どちらが家督を継ぐかで事あるごとに対立していた。
だが兄のメンカルの方は横柄で無計画。おまけに賭博癖もあり、地味で儲からない農園なんて潰してカジノを建てよう、と本気で言い出す程だった。
(あんな事言ってたクセに、ホントは農業なんて全然興味ないんじゃない……ッ!)
対して弟のディフダは真面目で堅実。農業にも真摯に向き合っていた。
当然家督は弟に託され、今では区長にまで選ばれている。
そういう経緯もあり、メンカルはディフダを逆恨みしている節がある。
「でも寝た切りのディフダ区長は頼りにならないってみんな溢してたよ。
逆にメンカルさんは今回の件で一番活躍したから、次の区長はあの人で決まりかも知れないねぇ。
私は好きになれないんだけど……」
(メンカルにとって今回の騒ぎは得しかなかったって事か……
それなのに誰よりも魔女を処刑する事に固執してるのは何で?)
気になる事が何点か出て来た。今度は魔女本人に確かめてみよう。
スピカはハマルにお礼を言い、魔女の元へ向かった。
——魔女が捕らえられている倉庫——
スピカは拘束され身動きが取れない魔女と向かい合う。
撃たれた左肩には包帯が巻き付けられ、痛々しく血が滲み出している。
「今あなたが起こした騒動について調査しているところです。
協力して下さい。」
今更一体何を調査すると言うのか?不思議そうな顔をする魔女にまず最初の質問をぶつける。
「何で農園を襲ったの?」
「食い物が欲しかったからに決まってるだろ。」
悪びれもせず答える。だがこの答えだけでは到底納得できない。
只の食料確保なら日持ちしない果物なんかをあんなに大量に盗む必要はないし、持ち帰らずに作物をただダメにする事も多かったとも聴いた。
活発に農作業が行われている昼間に襲うのも非効率だ。農夫達の怒りを自分に集中させる事が目的でもない限り。
「じゃあそれが目的だったんだろ。」
「何のために?」
「……知らん。」
何故ここを標的にしたのか?
何故スピカ達の時は幻覚を見せ追い返そうとしたのに、農夫達にはそうしなかったのか?
何故急所に当たった訳でもないのに、たった一発の銃弾でやられたのか?
そもそもどうして当たった?本当は防げたのではないか?
何を訊いても「理由なんてない」「何となく」「分からん」と曖昧な回答しか返って来ない。深く突っ込んだ質問をすると口を塞いでしまう。
あまりに非協力的なのでついついこんな事を言ってしまう。
「脅かしたくないから黙っていたけどはっきり言うわ。
このままだとあなたは火炙りの刑になっちゃうのよ!」
「だろうな。魔女らしい死に方だ。」
強がっているのだろうか?全く驚く素ぶりは見られなかった。
まるでこうなる事を初めから予見していたかのように。
(なんだか事件の全容が見えてきた気がする……)
ビエラも同じ考えなのだろう。2人はお互いに目を合わせ深く頷く。
次は仮説が正しいのか証明しなければ。その為には魔女に関する知識が乏し過ぎる。詳しそうな人に訊いてみよう。
立ち上がり倉庫を去ろうとするスピカに初めて魔女の方から話し掛ける。
「なんでそんな事をする?
ワシが火炙りになって、それで解決だ。無視すればいいだろ!」
「このまま処刑されても誰もあなたを許さないわ。
それは嫌でしょ?」
「ワシが許されたいと思ってるとでも言うのか?」
「ええ。だから私はあなたが許される手伝いをする。」
一切の躊躇なく言い切る。魔女はそれに若干の戸惑いを見せ、今までポツリポツリと短い言葉しか口にしなかったのに突然多くを語り出す。
「やってきた事が本当に畑荒しだけだと思うのか!?
ここではそうかも知れないが、ここに来る前にはもっと酷い事を色々やってきた!
商人を襲って積荷を奪い取った事もある!
金持ちの息子を攫って身代金を得た事もある!
村を1つ焼き払った事もある!
……人を殺した事だって!」
スピカを諦めさせたいのか訊いてもいない犯罪歴を吐露し始める。
だがスピカにはそれが懺悔に聴こえた。
本当は償いたいのにそうする事が出来ない。
償いができない理由が何なのかは分からない。だがそれを堪らなく苦しんでいる。
その時の彼女はとても悔しそうな顔をしていた。
「貴様の自己満聖人気取りに付き合わされて、他の奴はさぞムカついてるだろうな!」
「でしょうね。今日さんざん無視されたし。
でも聖人気取るのが私の仕事なの。」
そう言い残し倉庫を出て行く直前、彼女がか細く呟いた言葉が微かに聞き取れた。
「だから嫌いなんだ……
優しい奴は……」