8節
文字数 2,622文字
チラシに書いてあった商業区のとあるビルまでやって来たデネボラ。
入り口で受付の女性にセミナーを受けに来た事を伝えると、ひとつの大部屋に案内される。
部屋の中には5人の先客が居た。
「お好きな席で講師がお見えになるまでお待ち下さい。
それでは失礼します。」
「あ!待って下さい!
セミナー料っていくらですか?チラシに書いて無かったからわからなくて……」
「必要ありませんよ。無料なのでそのまま席に着いて下さい。」
「え?
……わかりました。」
スピカの調べた話ではセミナー料は異常に高いと言っていたが……
不思議に思いつつも言われた通り空いてる席に着き講師が来るのを待つ。
10分ほど経過し部屋の人数が10人に増えた頃、ようやく講師が現れた。
「よく来てくれた。
この中には俺が配ったチラシを見た奴もいるだろ?そいつは俺の顔は知ってるよな?」
やって来たのは教会で好き放題暴れた男、アルファルドだった。
どうやら彼は勧誘役であると同時に講師でもある様だ。相当マルフィクに信用されているという事か。
一体どんな講義をする気なのか。
身構えるデネボラだったが、アルファルドが最初に口にしたのは意外な提案だった。
「まずは交友を深める為に昼食を奢らせてくれ。
オイ、持って来い!」
アルファルドがそう声を掛けると、大きな鍋や皿を積んだカートを押して数人のコック達が入って来た。
鍋の蓋を開けると、食欲をそそる堪らなく美味しそうな匂いが部屋に充満する。
中に入っていたのはビーフシチュー。とてもジューシーそうで分厚い肉の塊が中で踊っている。
思わず溢れる涎を飲み込む受講者達。
しかし気になる事がある。受講者の1人が尋ねる。
「あの……こんな贅沢な料理出されてもお金が……」
「ハハハ!奢りだっつったろ?
金なんていらねぇよ!」
「タダでコレを食べてイイんですか!?」
「おっと、蟻みたいにみっともなく並ぶ必要はないぜ。
コックに運ばせるから席に座ったまま待っててくれ。」
無料で貰える食事。その点は13区教会の配給と同じだが、中身はまるで違う。
質も、量も、サービスも。何もかも配給とは比較にならない。
言われた通り待っていると、綺麗に盛り付けされた料理が運ばれて来た。皆コックに礼を言いながら受け取るが、その姿を見てアルファルドは注意する。
「礼なんて言う必要ねぇよ!
金は払ってるんだ。寧ろこっちが礼を言われる側だ。
だろ?コック共。」
「もちろんですとも!
ご注文頂き、アルファルド様には感謝しております!」
一回り以上歳上と見られるベテランコックに頭を下げさせるアルファルド。
その姿はまるで絶対君主の王様だ。
二十歳そこそことは思えない振舞いに度肝を抜かれつつ、豪勢な食事に舌鼓を打つ。
後片付けまでコックが全てやってくれ、最後まで営業スマイルを絶やさないまま彼らは撤収した。
まるで想像していなかった歓迎だったが、次こそ本当に講義が始まる!
緊張の糸を結び直すデネボラだったが、次にアルファルドが言った事は……
「さて、腹も膨れたしちょっと休憩するか。
ついて来い。」
まだ何もしてないのに休憩とは?そう思いつつ彼に付いて行く。
案内されたのはビルの最上階。そこはなんとバーになっていた。
壁は全面ガラス張り。何処からでも街を一望できる。
「貸し切ってるから好きな場所で寛いでくれ。
なんなら酒を頼んでもいいぜ。もちろん金は取らねぇよ!」
そうは言われても……
あまりの好待遇にどうしても尻込みしてしまう。
堪らずデネボラが質問する。
「あの……講義はしないんですか?」
「何言ってんだ?
もう講義は始まってるぜ。」
「え……?」
「ハッ!わかんねぇって顔だな。
ヨシッ!全員窓際に来い!」
言われた通り窓際に立つ。
するとアルファルドはこう語り掛ける。
「お前らに質問だ。
“強者”とはなんだ?」
お金持ちである事?
権力を持っている事?
大勢からモテる事?
色々な回答が出る。
アルファルドはその全てが正解だと言いつつも、もっと簡潔で適切な答えがあると言う。
「強者とは……”弱者ではない者”だ。」
「はぁ……?
(何その引っかけ問題みたいな答え……)」
「じゃあ弱者ってのはなんだと思う?
これは簡単だろ?
なんたって、下を見ればアホ程居るんだからな。」
窓から下を指差すアルファルド。
眼下にあるのは商業区の街と、そこを行き交う人々。
時刻は昼過ぎ。最も多くの人が、最も忙しくしている時間だ。
忙しそうに働く人々を見て、アルファルドは鼻で笑う。
「見ろよ、あの無様な姿を。
あれこそ弱者の鏡だ!(嘲笑)
“時間”という減る一方の資産を端金を得る為に消費し、それで得た金さえも”生きる”という最低限の事を満たす為だけに大半が消費される。
その事に何の疑問も持たず、抗わずに受け入れてる。
毎日誰かの言いなりになりながら、地べたを這いずり駆け回る。
それが弱者!
産まれてから死ぬ最期まで搾取され続ける者だ!!」
何バカ言ってんだコイツ!?
……と、微塵の後めたさも無く言い切れる人間は何人居るだろうか?
毎日汗水流して働く人間を惨めだと感じた事。ああなるのは嫌だと思った事が、一度はあるのではないか?
そんな人間を遥か高みから見下ろす人間になりたいと、一時は夢見た事があるのではないか?
差はあれど、そこに居る誰もがアルファルドの言葉に胸を刺されていた。
働き者のデネボラですらだ。
「下の奴らに対して今のオレ達はどうだ?
こんな高い場所から酒を片手に虫みたいに働く奴らを見下ろしてる。
弱者共とは何もかも違う!これこそ強者だ!!
お前らは強者になりたくてここに来たんだろ?
ならまず、強者とはどういう者かを体験しなきゃならねぇ。
だからこうして昼間から酒呑んでるのも講義の内なんだよ。」
もし、毎日豪勢な食事が取れたなら……
もし、毎日あくせく働く人を肴に酒を煽る事ができたなら……
もし、毎日誰の命令も受けなくていいのなら……
それを叶える方法があるとしたら知りたくはないか?
例えどんな代償を払う事になったとしても……!!
思わず生唾を飲む受講者達。
その反応を見たアルファルドは、もう最初の講義は充分だと判断する。
「さてと、強者の生活を体験してもらったところで次の講義に入るか。
教えてやるよ。どうすれば強者になれるのか。
”実技講習”でな!!」