9節
文字数 1,802文字
「じゃあ行ってくる。
留守を頼んだ。」
デネブはマネキンにそう告げると外に出た。
車のドアを開け運転席につき、ヘッドライトを点ける。
走り出そうとした直前、デネブは不意に声を掛けられる。
「こんな時間にお出かけですか?」
「お前は!?
帰ったんじゃないのか!?」
現れたのはスピカだった。
驚くデネブにスピカは問い掛ける。
「アンサーのところに行くんですね?
新型車の発売を中止させるために。」
「な、何の事だ!?」
しらばっくれるデネブ。
スピカは何故そう思うのか説明する。
「設計図を見た時、『ダメ』って言いましたよね?
何がダメなのかは分からないですが、ともかくあの新型車には何か問題がある事を貴方は見抜いた。」
問題がある事をわかっていながら無視するなんて、何よりも品質を大事にしてきたデネブにはできる筈がない。必ず車が発売される前に、アンサーに会って止めに行く。
下手に人目についてしまう事を避ける為、会いに行くとすればそれはきっと工房区の人通りが無くなる夜。そう踏んでいたが見事的中した様だ。
「……フン!何を的外れな!
俺はただ車の調子をチェックしていただけだ。
だがそれも終わった。もう戻る!」
車を降りて逃げる様に家に戻ろうとするデネブ。
その彼を引き止めたのは、スピカの核心を突く言葉だった。
「公にする訳にはいかないですよね?
そんな事になったら、アンサー以外の人もただじゃ済まないでしょうから。」
もし真相をリークして新聞記事になれば間違いなく車の発売は中止。アンサーの暴挙は暴かれ復讐も果たされる。
だが事はそれで終わらない。地獄に叩き落とされるのはきっとアンサーだけではない。
今まで多くの不良品をばら撒いていたのだ。主犯はアンサーだとしても、その責任はシグナス工房全体にある。
つまり怒りの矛先となるのは全ての工員達。悪質工房の人間だと後ろ指を指され、連日マスコミに追いかけ回されるだろう。
それどころか彼らの家族だって粛清の標的にされる。奥さんはご近所から仲間外れにされ、子供はイジメられる。そうなる可能性は十分ある。
「新聞なんかに載って大騒ぎになってしまったら、怨んでない人まで苦しめてしまう。
それが気掛かりで話さなかったんですよね?」
「…………」
「その沈黙は正解って事ですね?」
口数が少ない為に冷たい人と思われるが、実際は他人を慮る気持ちが強い。口に出す前に色々考え過ぎて、結局何も言わない。
デネブはその典型。人付き合いで一番損するタイプだ。
「アルタイル教授がデネブ技師はそういう人だって言ってました。
無愛想だと思うけど勘違いしないで下さいって、今日までに何回も言われましたよ。」
「あいつめ……」
「貴方の優しさはとても立派だと思います。
でも、1人で行ってアンサーを説得できるんですか?」
デネブの言葉に耳を傾ける相手なら、そもそも今の様な状況になってないはず。直接会いに行ったところで、発売を中止させられる見込みはほぼ皆無じゃないのか?
この懸念にデネブはようやく口を開く。
「流石のアイツも無視出来ないレベルの問題が有る……」
「どういう意味ですか?
聴かせて下さい。あの新型車にはどんな問題があるんですか?」
「あれは……
とても市場に流していい代物じゃない……!」
あれこれ問題はあるみたいだが、それでも車として必要最低限の機能を備えている事に偽りは無い。
利用頻度が高くなく長距離移動しないなら、値段相応には役立つかもしれない。
だがどうしても許容出来ない欠陥が1つある。それは……
「1番の問題はエンジンだ。
量産の為だろうが素材が三級品な上、構造も簡素化し過ぎている。
出力と耐久力が吊り合っていない。あれではすぐ壊れる……」
「壊れたらどうなるんですか?」
「急にスピードが上がったり、逆に減速したり。制御が効かなくなる。
最悪、熱暴走を起こして爆発する可能性も……」
「ええッ!?」
思っていたよりずっとヤバイ!とても人が乗っていい物じゃない!
もしそんな物が普及し、街中を走り回る様になったら……
「絶対に販売中止させなくちゃダメじゃないですか!!
だったら私も一緒に……」
「わざわざご足労頂かなくて結構だよ。」
暗闇の中から突如聞こえた声。それがゆっくりと近付いて来る。
窓から漏れる光で照らし出されたのは、今から会いに行くつもりだったアンサーの顔だった。