6節
文字数 2,295文字
敵はかなり小さい。子供だろうか?
だがさっきの身のこなし、明らかに人間じゃない。
アルクと同じ魔獣か、もしくは……
相手の実力が分からない以上、迂闊に攻められない。
腰を深く落とし、攻めにも守りにもすぐに転じられる態勢をとる。
(投げられて俺の力は知った筈だが、逃げる気は全く無さそうだな……
さぁ、どう来る……?)
全神経を敵に集中させる。
一呼吸の変化すら身逃さない。何かしようとした瞬間に、即座に迎撃して動きを封じてやる!
そのつもりだったアルクが、たった1回瞬きをした時だった。
次に目を開けた時には、10メートルは離れていた筈の死神が目と鼻の先まで移動していた!
針の様に細い人差し指がアルクの左眼に向かって真っ直ぐ伸びて来る!
指先が目の角膜に僅かに触れた。そこまで迫られて、ようやく避けろと言う脳の指令が身体に届く。
手を払い除けると同時に、後ろに大きく飛び退く。
間一髪と言える程の余裕も無かった……!
あとコンマ1秒でも反応が遅れていたら完璧に眼を潰されていた。
(速いなんてレベルじゃないぞ、コイツ……ッ!?
出し惜しみしてる余裕なんて無い!
全力で行かないと、秒も保たずにやられる……ッ!?)
アルクは雄叫びを宵闇に響かせながら、獣形態へと姿を変容させる。
獲物に飛び掛かる狼に様に、四足の低い姿勢から全力で地を蹴り飛び掛かる!
この姿になったアルクの身体能力は並の悪魔より上。あのアビィすら圧倒した程だ。
これならあのスピードにも対応できる筈!
しかし、そんな希望的予測は完全な的外れだった。
捕まえられないどころか、指1本触れる事すらできない。
獣化してもなお、敵のスピードが圧倒的に上回っている!
ならばと間断無く激しく攻め続け、スタミナ勝負に持ち込む。
しかしこの戦法も効果が無い。どれだけ追い回してもまるで息を切らす様子が見られない。
(本気でやって、こんなに余裕をかまされるのは初めてだ……ッ!!
しかもコイツ、まだ余力を残している!
本気を出すまでも無いって事か!?ナメるなよッ!!)
再び飛び掛かろうとした、その時だった……!!
〈キャァーーーッ!!〉
「この声……ッ!?
ミモザッッ!!」
ミモザの悲鳴に気付き、慌てて家の方に掛け出す。
家の窓を見下ろすと、なんともう1人黒尽くめの格好をした何者かが、ミモザを連れ出そうとしていた!
「仲間が居たのか!?
クソッ!!」
ミモザを連れ去ろうとする、もう1人の敵に歯牙を向ける。
しかし、そんな決定的な隙を死神が見逃す訳が無かった。
背中を見せたアルクに背後から迫ると、強烈な踵落としを脳天にお見舞い。地面にめり込む程の衝撃で叩き付けられる。
「ウガァァァッッ!!
邪魔を……するなァァッ!!」
アルクは即座に起き上がり、上空に飛び上がる。
だがその突進も死神は軽々避け、カウンターのボディブロー。
そこから流れる様な連続攻撃を浴びせていく。
最後にトドメの右ストレートがアルクの左頬にめり込んだ!
しかしその瞬間、アルクの目がギラリと光り敵の右腕をガッシリと掴んだ!
「スピードは完敗だ……
だが、攻撃は軽いッ!!」
驚異的な握力で掴んだ前腕部の骨を握り潰す!!
更にもう片方の腕で死神の顔面を仮面ごと掴み、壁に頭を叩き付ける。
そのまま押さえ付けながら、ミモザを連れ去ろうとするもう1人の敵を睨み付ける。
「頭を潰されてタダで済むヤツなんて居ない!
仲間を殺されたくなかったら娘を離せッ!!」
どんなに素早い奴であろうと、一度捕まえてしまえば関係無い。
コイツの腕力なら振り解かれる心配も無い。
勝ちを確信したアルクだったが……
「”Ζακι”」
死神が謎の言葉を呟いた。
すると左手が緑色のオーラを帯び始める。オーラは5本の指先へと集まって行き、細長い爪の様な形態を取った。
次の瞬間、押さえ付けていた死神がまるで消滅した様に忽然と消えた。
「何ッ!?
どうやって逃げ……ハッ!?」
数秒遅れで気付く。
右手の腱が切り裂かれている!?握力が無くなっている!?
(いつの間に……!?
見えたどころか、切られた感触すらなかった……!!)
そんな動揺も束の間、今度はうなじに鋭利な物を押し当てられている事に気付く。
死神は既にアルクの背後を取り、爪の切先を急所に突き付けていたのだ!
(これがコイツの本気……!?
レベルが……違い過ぎる‥‥っ!!)
少しでも動けばトドメを刺す。
背後から放たれるプレッシャーがそう語っている。
アルクの動きを封じつつ、死神は仲間に“先に行け”とハンドサインを送る。
指示を受け取った仲間は暴れるミモザを無理矢理抱え上げ、その場を離れようとする。
「イヤァッ!!
離してッッ!!」
「ま、待てッ!!」
「パパッ!!助け……ゥンッ!!」
騒ぐミモザの口を誘拐役が塞ぐ。
と同時に突然グッタリと項垂れ気を失ってしまった。
ミモザに直接危害を加えられた事でアルクは正常な判断力を失う。
自分の状況を顧みず一歩踏み出してしまう!
その直後……!!
[ブス……ッ!!]
アルクの首筋を死神の爪が貫いた。
すると1秒も掛からずに全身の筋肉が硬直する。
獣化も解け人間の姿に戻ってしまう。
顔面からうつ伏せに倒れ込む。
指一本動かせない。虫の息程度の呼吸を維持するのも難しい。
意識が遠退いていく。
霞んで行く視界の中、彼が最期に見たのは割れた仮面の隙間から僅かに覗いた死神の顔だった。
「お前……は……!?
…………(ガクッ!)」