14節
文字数 1,940文字
その巨体が落とす大きな影がアルファルドを覆う。
「あ、相変わらずの鉄拳制裁か?
もうそんなもんでビビらねぇぞッ!!」
「言っただろう。
話をするだけだ。」
真向かいにドスっと座るアクベンス。
相手の目を静かに、それでいて逃がさない様に見つめながら口を開く。
「お主が教会で暴れた次の日、行方を探る為住んでいた部屋を調べに行った。
その時に、お主と一緒に行方をくらませていた者達を見つけた。
捕まえて全て聴いた。お前達がここ最近何をしていたのか!」
それはかつてのアルファルドの同居人4人。
彼と同じ様に鬱屈した生活に絶望し、ストロンガーセミナーに手を出してしまった若者達だ。
5人はセミナーで学んだ詐欺やカツアゲを実践し、一時はそれなりの金を手にしていた。
が、それは一時だけ。
最初は無料だったセミナー料は青天井でどんどん値上がり。絶対参加のパーティも頻繁に開かれ、その都度法外な参加料を払わされる様に。
稼いでも稼いでもその大半をマルフィクに吸い取られる。
すぐに生活はまた厳しいものへと戻ってしまう。
犯罪という大きなリスクを犯しているのに、これでは全く釣り合ってない。
アルファルド以外の4人は、セミナー料やパーティ参加料の値下げを要求した。
すると一切検討する事なく、あっという間に追い出される事に。
行く宛がなくなり仕方なく元の住処に戻っていたところを、アクベンスに見つかったのだ。
「ハハハッ!!
やっぱりアイツら、あの犬小屋みたいなボロアパートに戻ってたか!
マルフィクさんにケチ付けたりするから、そうなるんだ!」
「そんな事はどうでもよい!!
随分、人様に迷惑を掛けていた様だな……!!」
「人様ぁ〜?
オレは人間と呼ぶだけの価値がある奴には1回も手を出してねぇよ!」
「なに……!?」
「オレは人間未満の弱者にしか手を出してねぇッ!
弱い事は罪だ。罪を犯したら償うのが常識だろ?
オレはその罰金を徴収してただけだッ!!」
セミナーでも言っていた、どんでもない暴論。
いや、論などという立派なカテゴリには入らない。「僕悪くないもん!!」と喚く子供の駄々っ子だ。
しかしそんな言葉をアルファルドは心の中心に置いてしまっている。
そうしているのはきっと”自分自身を騙す”為だ。
最低な事をしているという現実を直視できないから、メチャクチャな理論でもいいから正当化したいのだ。
彼は理不尽や誘惑に負けず、正道を進み続ける強さが無かった。
かと言って罪と向き合いながら、悪道を行く強さも無かった。
どちらの道も進めず、蹲るしかなかった彼の手を引いたのがマルフィクだ。
マルフィクが示した第三の道は”汚道”。
導かれるまま汚道を進んだ結果、彼の心は穢れ切った。
最早どんなに拭おうと落とし切れない程、深くシミ付いてしまっている。
遅過ぎたのだ。救い出すのが……!!
彼の言葉から全てを察したアクベンスは、なんと……!?
「ク……クゥぅ……ッ!!(涙)」
「エェッ!?」「司祭長!?」
なんと、40越えの巨漢のオッサンが泣いた!?
それも涙が1滴2滴のレベルじゃない。ボロ泣きである!!
「な、何泣いてんだよ……!?
気持ちワリィなッ!!」
(そんな言い方すんなよっ!
……って思うけど、それはそう!)
アクベンスが顔を上げる。
未だ止まらぬ涙でグチャグチャの顔は、ある意味怒った顔より恐ろしい。
ドン引きするアルファルドに彼は問う。
「アルファルドよ。
お主、今誰かに感謝しておるか?」
「はぁ……?」
「誰かに感謝しておるのかと訊いておるッ!!」
「う……っ!?
……マ、マルフィクさんだ……
マルフィクさんに決まってる!!」
「その感情は本当に感謝か?
マルフィクとやらにお主は逆らえんのだろう?
ならばその感情は”屈服”ではないのか!?」
「ッ!?
ち、違う……ッ!!」
「感謝とは他者の幸福を祈る事だ。
お主はその男の幸福を願っておるのか?」
「…………」
図星を突かれたのだろう。アルファルドは言い返せずに黙ってしまう。
目を合わせられなくなった彼にアクベンスは更に語り掛ける。
「私は見ておったぞ。
まだお主が教会の配給を受け取っていた時。
あの時は確かに祈っておった!誰かに感謝する事ができておった!!」
「ッ……!!」
「できなくなった理由は決まっておる。
お主自身が誰からも感謝されておらんからだッ!
思い返せッ!!
辛く惨めなヘルパー生活でも、今よりは感謝されておったはずだ!!」
アルファルドはうつむいたまま身体を震わせた。
心の中で戦っているのだ。今の自分とかつての自分が。
暫しの間を置いて顔を上げた。決着が着いたのだ。
果たして勝ったのは……!?