3節
文字数 1,751文字
「私はスピカ=ウィルゴ。あなたのお名前は?」
「?」
「お家はドコか分かる?」
「?」
「どうして教会にいたの?天井の穴について何か知ってる?」
「???」
少女を保護して自室に連れ帰ったスピカは事情を訊いていた。しかし幾ら問い掛けても少女は小首を傾げるだけ。その仕草は非常に愛くるしいがこれでは埒が開かない。
もう逃げようとしないし、目も合わせてくれるから警戒心は解けたと思われる。これは答えるのを拒否しているというより、言葉を理解していないのではないか?
「う〜ん……、外国の子かな……」
見た事の無い服装や地元の人間と微妙に違う顔付きからしてその可能性が高そうだ。だが一言も発してくれない理由は何だろう?
部屋にある物を興味深そうに手に持っては捨てを繰り返す少女を見ながらスピカは考える。
くすぐった時も全く声が出ていなかったし、もしかしたら声を出せない病気なのかもしれない。
近年、この国の医療技術の発展は目覚しい。近隣の他国と比べて100年は進歩していると言われているぐらいだ。自国では治せないから遠路遥々この国を頼って来る外国人も珍しくないのだとか。
ならばこの少女もそうではないだろうか?
「病気の治療のために来たけど迷子になっちゃった、とか……?」
外国から治療に来るほど子供を大切にしているのだから、さぞ親は心配しているだろう。きっと街の交番に迷子届けを出しているはず。すぐに会わせて上げなければ。
……と思うが、今日はもうかなり遅い。こんな時間に子供を連れ回すのは危険だ。今日はここに泊めて、明日この子の親を探そう。
「今晩はウチに泊まっていきなさい。
でもその前にお風呂でキレイにしないとね!付いて来て。」
少女は聖堂で逃げ回ったから全身埃だらけになっている。このままベッドで寝かすのは不衛生過ぎる。
少女をお風呂場に連れ込んだスピカは頭からお湯をかぶせゴシゴシと髪から洗っていく。
「ホントにキレイな髪ね……
サラサラだし、こんな真っ白な髪色初めて見たわ。」
羨ましく思いながら洗っていると、髪とは違う感触の何かが手に当たる。
その感触の元を手に取ってみる。
「何これ?」
頭頂部からピョコンと立っていたのがそれだった。指程度の太さがあるそれは、髪とは違い肉質を感じる。髪色と同じ色をしているのでパッと見は毛束にしか見えない。
しかも……、動いてる。気ままに揺れる様子はネコの尻尾を彷彿とさせる。
感覚もあるようでスピカがしつこく触っていると嫌がって手を払ってきた。
これは一体なんなのか?
知り得た情報を統合してスピカは一つの答えに辿り着く。
「これはまさか……、アホ毛!?」
聞いたことがある。とある国では”マンガ”と呼ばれる戯画文化があり、そのマンガでは女性の描く際にピョンと跳ねた髪の毛をワザと強調して描くと。それは『アホ毛』と呼ばれ感情に合わせて動く事もあるらしい。
絵の中だけの誇張表現だと思っていたが、特徴は今目の前にあるものと完全に一致する。
「まさか実在していたとは……
世界は広いわね……」
——数分後——
少女の全身を洗い終え部屋に戻る。
汚れた元の服をそのまま着せる訳にはいかないので、スピカはブカブカの自分の服を着せる。
ベッドをポンポンと叩きこっちよと誘導する。言葉は通じないが意は察してくれたようで素直にベッドの上で横になってくれる。
「おやすみなさい。」
スピカがベッドを離れると、すぐに少女も起き上がり後をついて来る。
どうやら1人になるのは不安な様だ。初めての場所で1人で寝ろと言う方が無理があるか。
今度はスピカもベッドに入り一緒に横になる。お互いに向かい合い目を閉じる。
本当はとても眠かったのか3分も経たないうちに寝息が聞こえてきた。
今の内にコッソリ起きてこの子の服を洗濯しよう。
そう思っても瞼は開かない。スピカも相当に疲れているらしい。
(どうして天井に穴が空いたんだろう?
あの変な光と揺れに関係あるのかな……?
全部この子が原因だったりして。
空から光りながら落ちてきて教会に激突、とか。
……ないか。神様でもあるまいし。
だったら何で……
う〜ん……
……………)
そんな事を考えながら、そのままスピカも眠りに落ちてしまうのだった。