9節
文字数 2,035文字
この日も第11区民会館では健康診断が行われていた。
しかもこの日は休日。スピカ達が診断を受けた日とは比べ物にならない人集りが出来ていた。
これだけ集まると数十分、長ければ1時間以上の待ち時間が発生する。
そんな暇を持て余した人達用に、会館の一部が待ち部屋として解放されている。
そこで10人程が一箇所に集まり何か騒いでいる。
「よ〜しッ!!
来いッ!来いッ!来いッッ!!!」
真剣に何かを見つめながら各々願掛けの言葉を呟いている。
目線の先にあるのは複数の凹凸が付けられた円盤。表面には数字やら記号が印字されている。
回転するそれの中を八面体のサイコロがコロコロと転げ回る。
どうやらルーレットの一種の様だ。
彼らの熱の入れようから見て、実際にお金を掛けて遊んでいるのだろう。
円盤の回転が徐々に弱まって行く。それに合わせて中のサイコロも勢いを失う。
サイコロがその動きを止めた時、一斉に歓声が湧き上がる。
ある者は拳を挙げて喜び、またある者は頭を抱えて膝から崩れ落ちる。
ギャンブルをやっているだけあって、集まっている人は皆何処か小汚い。昼から酒を飲む姿が似合いそうなオッサンばかりだ。
そんな中に1人だけ、綺麗な白の看護服を着た若い女性が混じっていた。
「ギャァァーーーッ!!ウソーーーッ!?
なんで!?なんでまたダイヤの4!?さっきも出たじゃん!!」
小柄な緑髪の女性。誘拐犯でありミアと思われる女性だ。
その女性はひとしきり悔しがった後、勝負に勝った人に擦り寄る。
「ねぇねぇ〜?オジサン勝ったんでしょ?
お昼代ぐらい奢ってよ〜!」
「なんだ嬢ちゃん?
威勢よく混ざって来たクセに全額溶かしたんか?」
「いや〜!なんか今日はイケそうな気がしたんだよね〜!
イケると思ったら全ブッパするよね?アタシ悪く無いよね?
だから奢って?」
「いや、意味がわからん!?
……まぁでも、確かに気持ちいい賭け方だったな。
そのギャンブラー魂に敬意を込めて……ほれ、1000ゴールドや。」
「ヤッターーッ!!
負けた人ーーッ!この勝ち組のオジ様が1000ゴールドくれるって!」
「お?マジか!?」「よっしゃ!」「イエーーィッ!!」
「ちょッ!?全員かい!?
これじゃ勝った意味無いがな……」
一団が盛り上がっていると、同じく看護服を着た中年の女性が眉間にシワを寄せながら割って入る。
「ウルサーーイッ!!
もう少し静かにしなさい!ここはアンタ達だけの場所じゃないのよッ!!」
「ヤバっ……!?
看護長だ……」
「ミア看護師ッ!!
アナタは注意する側でしょ!!何一緒になって遊んでるのッ!!
それに、そろそろバスが出るわよ!」
「ハーーイッ!
すぐ行きまーすッ!!」
逃げる様に駆け足でその場を離れる看護婦。
パパッと自分荷物をまとめると、会館前に停まっていた真っ白なバスに駆け込んだ。
彼女が乗った後すぐ、バスの扉が閉まり走り出した。
その後ろに一台の車が張り付く。中に乗っているのはスピカ達だ。
「ミアって呼ばれてたって事は間違いなさそうね。
……ところであのバスは?たまに見かけるけど?」
「医療協会が保有してるバスだ。
乗り降りしてたのは協会関係者ばかりだったろ?」
コスモスの医療関係者は漏れなく医療協会に属している。そしてその約半数は医療区で働いている。
だが今日の様な健康診断の日や、事故で多くの怪我人が出た時など。他街区で人手が必要になった場合は、あのバスで医師や看護師を応援に派遣するのだ。
当然、送り帰す時もあのバスが使われる。
健康診断は午前と午後で担当が変わる。
ターゲットのミアは午前担当だったので、午後は医療区に戻る様だ。
もしかすると早速、ミモザや他の行方不明者がいる場所に行くかも知れない。
自ずと車内に緊張が走る。
「アルク神父、体調はどうですか?」
「良い……とは言えません。
右手はまだ動かせませんし、昨晩の戦闘のせいで力も半分程しか残っていません。」
「確か魔導書に蓄えられてる力を全部使っちゃうと、死んじゃうんでしたよね……
やっぱり回復の為に1日待ってから助けに行った方が……」
「できませんッ!ミモザが待っているッ!!」
ミモザが心配でいつもの落ち着きが無いアルク。
興奮する彼をリゲルが諭す。
「落ち着いて。
目的は救出です。敵を倒す事じゃない。
分かってると思いますが戦闘は極力避けて下さい。
理想としては誘拐された人を敵に気付かれる事なく救い出し、そのまま逃げる事です。」
「万が一戦闘になっても平気よ!
なんて言っても今日はビエラ様が居るんだから!!
ね?」
「( •̀ω •́ゞ) ビシッ!」
凛々しい顔で応えるビエラ。
親友のミモザの危機とあり、いつもよりやる気だ。
「見えて来た。
エリダヌス大病院だ。」
医療区。
主要6区の1つでありながら、最も行きたくない場所と忌み嫌われる街区。
そこは別名こう呼ばれている。
生涯を閉じる地『終焉区』と。