4節
文字数 1,860文字
カノーが話した歴史は俄には信じ難いものだった。
その話は本当なのか?当然の疑念をぶつけるアークにカノーは質問を返す。
「かつてバース王都と霊峰があった場所は何処だと思いますか?」
答えられないアークをよそにカノーはゆっくりと窓際に移動し、湖を見つめながら答え合わせをする。
「答えは”ここ”です。
ネブラ湖は神が王都を消滅させた時にできた大地の窪みに水が溜まりできたものなんです。
底を見てくれば分かりますよ。今でも王都の残骸が見つかる筈です。」
世界最大の湖であるネブラ湖が神の下した天罰の跡!?
もしそれが本当だとしたら……
規格外過ぎる。紛う事なき神の御術だ。
「人間が神に屈したのは仕方がないのかもしれません。そうするしか生き残る術がなかったのですから。
少なくとも妹達はそう考えているので、それ程人間を嫌ってはいません。
ですが……!私は許せません!!
孤立した中、死んでいった仲間の気持ちを考えれば許せる筈がありません!」
カノーが人間嫌いの理由。それは命惜しさに約束を反故にした人間に対する嫌悪だった。
悪魔……いや、竜人族にとって最も蔑むべき行為は約束を破る事とされている。
約束を守れない者は塵芥以上に敬意を払うに値しない!と、カノーは侮蔑に満ちた言葉を用いて感情を露わにした。
(1000年前にそんな事があったのか……
説得できそうにないな、これは……)
こんな事情があったのなら、気安く人間と仲良くしようとは言えない。
悲しいがカノーとは今回限りの付き合いで終わらせた方がお互いの為だろう……
アークはこの話を終わりにしようとしたが、ふとある点と点が繋がった。
「……ん?1000年前?
神が戻って来るって宣言したのも……確か……」
「気付きましたか?
実は今年がちょうど鉄巨人が去ってから1000年目なんです。」
「という事は……!?」
「もうひとつの質問の答えがまだでしたね。
大穴にあった頭蓋骨。あれは竜の頭です。」
神の侵略を阻んだ竜。あれは死んだ竜人族達の化身だ。
彼らは自らの命を糧に一族に伝わる禁呪を使い、究極の竜へとその身を変えたのだ。
それが神が言った様に1000年の時を経て力を使い果たし、身体が崩れ落ち地上に落ちてきた。
これが大穴の真実だ。
「竜が力尽きた今、この星を守っていた障壁も消えました。
つまり神の再臨が目前に迫っています。
……いえ、もしかするともう来ているのかも知れません。」
(もう来てるかもって、まさか……
ビエラ様か!?)
神は次にこの星を訪れる時には、鉄巨人の他にも仲間を向かわせると言った。
竜の身体が朽ちた日と同じ日にビエラはやって来た。タイミング的にはドンピシャだが……
「もし神に会ったら真っ先に私に教えて下さいね。
その時の為に日々修行を重ねているので。」
「まさかお前……!?
神に挑むつもりなのか!?」
「私は体力、魔力共に歴代最強クラスの才覚を持って生まれました。
その私が全盛を誇っている今、再臨の時を迎えたのは、神への復讐を果たすという一族の執念が成した奇蹟だと受け取っています。」
「だとしても星の形を変える様な相手だぞッ!!
勝てる訳……」
「私にはッ!!
……神と戦う義務があるんです!!」
その目は怒りと決意に満ちていた。
一族の墓の上に住み続ける事でカノーの家系は1000年の間、神への怒りを忘れずに受け継いできた。今日会ったばかりのアークの言葉が届く筈もなかった。
続く言葉が見つからないアークに、優しい表情に戻ったカノーが微笑みかける。
「感情的になってごめんなさい。
同調しろと言うつもりはありません。偉そうに言いましたが今でも執念を燃やしているのは私ぐらいですから……」
1000年という長い時間の中で仲間は散り散りになった。今はもう生き残りがどれ程いるかカノーにも分からない。
もし見つかったとして、もしかしたら誰も神と戦うつもりはないのかも知れない。
それでもカノーは立ち向かうだろう。
たった一人でも……
「人間はとっくに1000年前の事なんて忘れた様ですけどね。
鉄巨人が去った直後は、神を讃える宗派が無数に生まれたらしいですが……
恐怖心から生まれた信仰など所詮紛い物。長続きしなかったようです。
今でも続いているのは”星教”ぐらいですか。
下劣な神を1000年も讃え続けるなんて、本当に惨めな人間……」
〈違うッ!!!〉
カノーの声を遮り、部屋中に声が反響した。
声のした先に立っていたのはスピカとビエラだった。