9節
文字数 2,569文字
全く想像がつかないまま、連れて来られたのは小さな薄暗い部屋。
明かりひとつないその部屋に全員入った事を確認したアルファルドは、閉められていたカーテンを勢い良く開けた。
露わになったガラス窓。その先に見えたのは外の景色……ではなく隣の部屋だった。
その部屋では80歳は超えていると見られる、ヨボヨボのお爺さんが1人椅子に座っていた。
どうやらこのガラスはマジックミラーになっているようで、老人はデネボラ達から見られている事に気付いていない。
「このビルはセミナー会場としても使っているが、他にも色んな用途がある。
その一つが”薬局”だ。」
このビルは丸ごとセミナーが買い取った物。
その2階が薬局となっている。それも”高齢者専用”のだ。
コスモスは医療技術が世界トップレベルで進歩している為、平均寿命も年々上がっている。
そこに目を付けて新しく始めたサービスだ。
確かに需要はありそうだが、セミナーとは全く噛み合っていない。
何故そんなサービスを?不思議そうなリアクションの受講者達に、アルファルドはこう告げる。
「これからちょっと小遣いを稼いで来る。よく見とけよ。」
そう言うとアルファルドは1人隣の部屋に移動した。
「おい爺さん。
薬持って来たぞ。金出しな。」
「ゴホッ!ゴホッ!
30万でしたね?この封筒に入っています。
それよりも先生、体調が全く良くならないのですが……」
「最初に言っただろ?薬の効果が出るのには時間が掛かるもんだ。
諦めずに服用し続ければきっと良くなるさ。
じゃあな。」
ものの1分にも満たない会話。
たったそれだけで、30万の入った封筒とカプセル薬を交換しアルファルドは戻って来た。
「アルファルドさん、医者だったんですか?」
「は?違う決まってんだろ?」
「え?でもお爺さんから先生って……」
「やれやれ……、勘悪いなお前。」
アルファルドは医療知識も薬剤知識も持っていない。
彼だけでなく、このビルの中にそれらを持っている人間は1人もいない。
当然さっき渡したカプセルも薬ではない。中に入っているのはただの小麦粉だ。
だがあのお爺さんには、カプセルは”どんな病気も治る最新の新薬”だと言っている。
お爺さんはそれを信じており、毎週30万も払って買っているのだ。
「年寄りってのは多かれ少なかれ必ずボケてるからな。驚く程簡単に信じ込ませられるんだぜ!
あのジジイからだけでも数百万は稼いでる!」
「そ、そんな事してバレるに決まってる!!」
「バレやねぇよ!
ここで薬を買ってる事は絶対誰にも言うな、って言ってるからな。」
この薬はできたばかりの薬だから数が少ない。
それをあなただけに特別に売って上げよう。
ただし大っぴらに知られたらすぐに在庫が足りなくなるから、絶対に口外してはいけない。
こう話すと口の軽い人間でも誰にも言わなくなる。
話せば自分に不利益が生じると認識するからだ。
それにターゲットにしているのは、家族や友人と疎遠になっている孤立した老人だ。そもそも相談相手などいない。
憎らしいが、公にバレる可能性は極めて低いと言えるだろう。
「さて、じゃあ今度はお前達に実践してもらおうか。」
「エッ!?」
「あのジジイと同じ様に、薬を買いに来た老いぼれが何人も来ている。
さっきのオレの真似をして薬を売ってこい。
さぁ、誰からやる?」
立候補者を募るが手を上げる者はいない。
当たり前だ。無力な老人から金を騙し取るなんて最低な事、やりたい者などいる訳がない。
「オイオイ、どうした?
さっき言った通り、バレる可能性はほぼゼロなんだぜ?
何をビビってるんだよ?」
「そういう問題じゃ……」
「まさか、罪悪感があるとか言いたいのか?
だとしたら、とんでもない勘違いをしてるな。
いいか?弱い奴から奪う事は罪じゃねぇ。」
「え……?」
孤立している上に物事の判断能力すら衰えた老人。この世で最弱の存在と言えるだろう。
そんな弱い奴は本来生きる資格が無い。なのにああやって薬に縋って生き長らえようとしている。
これはもう罪としか言いようがない!
アルファルドは残酷過ぎる事を声を大にして主張する。
「寧ろ老いぼれ共の方が罪を犯してる!
悪い事をしてる奴からは罰金を取らなきゃいけない!
強者にはその罰金を徴収する権利があんだよ!!」
横暴なんてありきたりな言葉ではまるで足りない、イカれてるとしか言えない発言。
だが響く!響いてしまう!!
この言葉を受け入れれば、金を毟り取る事に心を痛める必要が無くなるからだ!
「仕方ねぇ、じゃあ今回だけ大サービスだ。
薬を売れた奴はその売上金の半分を懐にいいぜ!」
「え!?」
お金が稼げる!?
仮にアルファルドと同じ30万で薬を売ったとしたら、15万もの大金が手に入る!
何人かの目がこの一言でギラつき始める。
「さっき最上階のバーで教えたよな?
弱者ってのは”搾取され続ける奴”だって。
なら強者は反対に”搾取できる奴”って事だ。
最弱の老いぼれ共からすら搾取できない奴は、どうやったって強者にはなれねぇよ!
一生弱者のままでいろッ!!」
この煽りに屈し、遂に一線を越える者が現れる。
「お、俺やりますッ!!」「オレもだッ!!」「私もッ!!」
1人がやり始めたら後は雪崩式だ。
続々と老人の待つ部屋に行き、アルファルドと同じ様に薬を売る。
相手はいずれも既に薬が本物だと信じ込んでいる。あまりに呆気なく偽薬に30万もの金を払っていく……
「どうだ?簡単だろう?
今までこんな簡単に、それも数分で15万も稼いだ事があるか?」
「いえ……初めてです!」
「だよなぁ!
普通は1ヶ月近くヘトヘトになるまで働いて、ようやく届く金額だ!
笑っちまうだろ?これが強者の稼ぎ方だ!!
ギャハハハッ!!」
「ハ……ハハ……
ハハハハハッ!!!」
「アハハハハッ!!」
金を手に笑う受講者達の目は完全に正気を失っている。
こんなにも簡単に壊れるものなのか!?倫理観というものは……!!
(なんなのこのセミナー……!?
頭が痛い……!吐き気がする……!
もうここに居たくない……ッ!!)
「さて、後やってないのは……
そこの女(デネボラ)か?」
「ッ!!?」
「やれよ。
それとも帰るか?別に止めないぜ。」
「…………」