5節
文字数 2,289文字
彼の車に乗せてもらい移動する途中、アルタイルが疑問を口にする。
「この方向は……、シグナス工房には行かないのかい?」
「ええ。そこには居ません。
私が調べた限り、1年以上1度も居たことがない。」
1年もの間、1度も自分の工房に顔を出していない?工房長でありながら、そんな事あり得るのだろうか?
そんな疑いに対しても、かなり確度の高い情報だとアルデバランは言い切る。
「実はシグナス工房の模造品が急増し始めたのも1年前ぐらいなんですよ。
どう思います?」
「どうって……
何か因果関係があるって言いたいんですか?」
「う〜ん……
僕には全く想像できないな……」
話をしている間も車は走り続ける。工房区の中心部からはどんどん離れていき、徐々に建物も減っていく。
チラホラ緑が見え始めた。道も舗装されていない砂利道になる。
車がガタガタと上下運動を続けながら緩やかな坂道を登って行く。殆ど山道同然だ。
本当にこんな所にいるのだろうか?
そう思い始めた時、拓けた場所に建物が見えてきた。
2階建の家と、それに隣接して建てられた簡素な小屋。
小屋の大きなゲートは開けっ放しで中が覗けた。
いくつも道具や機材が見える。個人用の小さな工房と言ったところか。
家の横に回り込むと車が停めてあった。
比較的新しい車輪の跡がいくつも残っている。誰かが頻繁にこの車で出入りしているのは間違いない。
車を降り家の呼び鈴を鳴らしてみる。
しかし反応がない。留守だろうか?
「車があるのに居ないとは考え難いですね……」
「デネブなら居留守使ってる可能性も……」
「なら確かめますか。」
図々しく扉に手を掛けるアルデバラン。鍵が掛かっていないのをいいことに勝手に中に入ろうとする。
しかしどう考えても不法侵入。自分も同罪にされたらたまったものではないとスピカは慌てて制止する。
だがもし本当に居留守されているのだとしたら、このままでは埒が明かない。
話し合った結果、元家族のアルタイルだけなら入ってもギリセーフだろうという結論に至った。
「いや、アウトだと思うのですが……」
「家の裏にいるかもしれないので、私ちょっと探してみます。」
「じゃ、私は隣の小屋を。」
「聴いてない……」
「ヾ(-ω-。) ドンマイ」
スピカとビエラは一緒に家の裏手に回ってみる。でも誰の姿も見えない。
ハズレだと思って戻ろうとした時、ビエラがスピカの手を引いてある方向を指差す。
その方向に目を向けてみると、草木に挟まれて目立たないが小さな小道があるのが見つかった。
どこに繋がっているのだろう?それだけでも確かめようと2人は小道を進む。
少し進むと微かに人の声が聞こえてきた。
誰か居る。耳を澄ましつつ更に奥へ進むと、そこには大きな花畑があった。
色も大きさも異なる様々な花が、自然ではあり得ない密集度で活き活きと咲き誇っている。
そしてその花畑を見つめる2つの背中。
1人は男性で、もう何ヶ月も切っていないであろうボサボサの髪をしている。服もヨレヨレで言葉は悪いが浮浪者の様だ。
もう1人は車椅子に座っている。男とは打って変わって手入れが行き届いた綺麗なシルバーの長い髪。恐らく女性だろう。
後ろ姿は不釣り合いだが、男が車椅子を支えながら女に寄り添う様に立っていて、とても仲睦まじい。
「この写真はどうだ?よく撮れてるだろ!
……60点?相変わらず厳しいな。ハッハッハッ!」
楽しそうな男性の声。
しかし変だ。さっきから聞こえて来るのは男性の声だけ。女性は声が聞こえないどころか微動だにしていない。
不思議に思っていた時、向かい風が吹き花畑から大量の花びらが舞い上がった。
頭上を舞う花びらは快晴の秋空に良く映え、幻想的な光景を演出する。
「(>3<)クシュンッ!!」
花粉でも鼻に入ったのかビエラがくしゃみをする。
その音に気付いた男性は車椅子と共にスピカ達の方に振り返った。
見えた女性の顔を見た瞬間、スピカは驚愕する。
「マ、マネキン!?」
瞬きひとつしない目。
血の流れを感じない蒼白い肌。
不自然な隙間の開いた関節部。
恐ろしくリアルな造形をしているが、間違いなくこの女性は作り物だ。
「誰だッ!!」
「勝手に入ってすみません!実は……」
スピカが用件を言い終えるのも待たず、男性はコートから長身の何かを取り出した。
鉄の棒?いやあれは……、ライフルだ!!
「エエッ!?
ちょちょちょッ!待って下さい!!
私が強盗に見えます!?」
「黙れッ!!」
〈バンッ!!〉
撃った!?何の躊躇も無く!
慌ててビエラの後ろに隠れるスピカ。子供を盾にする主人公にあるまじき醜態を晒しながらも怒りを見せる。
「いくらマネキン相手に本気で会話してる、死ぬ程恥ずかしいところを見られたからって、いきなり撃つ!?」
「うるさいッ!
早く出て行け!さもなければ次は当てる!!」
「おう!やってみろや!
でも狙うならこの子にして!!」
「(¬_¬;) エエ…」
男が再び銃を構え引き金に指を掛けた。
その時!
「ンホォォぉーーーー〜〜〜……ッ!!」
家の方角から呻き声とも悲鳴とも遠吠えとも取れる、意味を成さない声が上がった。
この思わずゾッとする奇声。スピカには聞き覚えがあった。
この声は……
「アルタイル教授!?」「アルタイル!?」
不意にセリフが被り、スピカと男性は思わず顔を見合わせた。
この人物はアルタイルを知っている。しかも呼び捨てにする程の仲。
という事は……
「あなたが……デネブ技師!?」