2節
文字数 1,800文字
「ほら、私ゃもう歳でしょ?農作業は正直キツくて……
爺さんには先立たれたし、息子は工房区で働いてるから手伝えない。
1人じゃとても畑の面倒を見きれなくてね……」
ハマルの家系は昔は農園区では1、2を争う程の大農家だった。
いくつも畑を持っており、果物や野菜、麦など幅広く育てていた。
しかし今では農業を営んでいるのは家族でハマルだけ。
人を雇おうにも農業を希望する若者は少なく、簡単には集まらない。
結果、手入れが追いつかず雑草まみれの土地が既にいくつもある。
ただ土地を余らせるぐらいなら金に換えたほうが得策。そう考えての決断だった。
この様な状況なのは何もハマルだけではない。農園区の殆どが人が直面している問題だ。
コスモスには主要6区と言われる、国を支える6本の主柱がある。
それは『行政区』『商業区』『学術区』『工房区』『医療区』『星教区』の6つ。
農園区は含まれていない。
その理由はいくつかある。
コスモスの人口爆発に収穫量が追い付いていないこと。
ここでしか育たない特産物が特になく、輸入品で事足りていること。
近年は学術区、工房区、医療区の3つの急成長が目覚ましく、それらに遅れを取っていること。
これらから経済的、文化的、政治的に価値は低いとされている。
そうなると必然的に若い労働力はどんどん流出。
今の農園区に残っているのは、昔からここで働いている高齢者ばかり。跡継ぎが絶え、これからどんどん農家は減っていくだろう。
「後10年もすれば農園区は無くなるって言われてるねぇ。」
「……嫌じゃないのかよ。」
「もちろん悔しいさ。
ここにだって何世代も継いで来た農耕の技がある。他の6区より価値がないなんて微塵も思わないよ。
でもねぇ……」
そこでお婆さんの言葉は途切れた。
口に出したくなかったのだろう。”時代がもう農園区を必要としていない”と。
しかし、それを言うのを躊躇ったということは、認めたくないのではないか?
まだどうにかできないかと思っているのではないか?
「嫌なら抗えよ……
一度手放したら、もう返って来ないぞ……」
「でも、こんなお婆さんがワガママ言うのはみっともな……」
「嫌なことを拒否するのに年齢制限がある訳ないだろ!
何もせずに諦めて受け入れてる奴の方が、よっぽどみっともない!」
「アークちゃん……」
「婆さんが言わないならワシがハッキリ言う。
ここは……、無くさせないッ!!」
農園区はもう自分の縄張りだ!簡単に無くさせるか!
アークは力強く息巻いた。
だがそうは言っても、このままでは流れは変わらない。何か策が必要だ。
「要は主要6区に負けない、ここだけの価値があるって認めさせればいいんだろう?」
「言うのは易いですが、実現するのは一筋縄ではございませんよ。」
「案ならあるさ。前に誰かが言ってただろ?
『魔女が作った作物ならヒット間違いなしだ。』って。」
「まさか……!?」
「ハマル婆さん!
この畑、使わないならワシが借りるぞ!
今まで手伝いだけだったが、これからは自分でイチから作物を作る!
そしていずれ、ここの土地全部買い取ってやる!
ここを世界で初めての、魔女が治める魔女農園にする!!」
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このアークの決心に一番驚いたのはネカルだった。
魔女になり、魔導書(グリモア)に書かれたことには絶対服従の呪いを受けた。聴きたくもない願いを叶えているうちに、アークは自分の意思を表に出さなくなった。
嫌だとか、やりたくないとか。そんな感情はただ自分を苦しめるだけだったからだ。
そんなアークが流れに抗おうとしている。自分の気持ちを、希望を押し通そうとしている。
まるで人間に戻った様に。
いや、人間だった時でさえ、一国の時代の流れに抗おうなどとはしなかっただろう。元々そんな大胆な性格ではなかった。
この国に来てから変わったのだ。変えたのはきっと……
「お〜い!アークちゃん!
そろそろ作業を再会しようかい!」
「わかった!
……さて、もう一仕事するか!」
立ち上がり大きく伸びをした後、自分の畑へと戻るアーク。
向かう先を見つめるその瞳は遥か未来を見据え、強く爛々と輝いていた。
そんな彼女の背中を見つめる暗い影。
それから漏れ出た言葉には僅かに、だが確かに淀んだ怨嗟を孕んでいた。
『このまま……
あの顔をさせる訳にはいかない……』