4節
文字数 2,108文字
1日の仕事を終え帰路に着くアーク。
その途中、通り掛かったある家の裏手からこんな会話が漏れ聞こえてきた。
「オイッ!
まさかアークちゃんが関係してるって言う気か!?」
「そうじゃない!そうじゃないが……
そういう”噂”を聞いたことがある、って言っただけだ。」
不意に聞こえた自分の名前。
自分の噂話なんて聞かないのがベストなのは誰でも分かっている。それでも一度聞こえてしまったら、そう簡単に無視できないのが心理だ。
アークは気配を消し、恐る恐る声のした場所を覗き込む。
角度の関係で全員は把握できないが、十数人の農夫達が集まって話をしている。
その中には、朝に会話した夫婦の姿もあった。
「作物が病気に掛かるなんてザラにある。
別におかしい事じゃなかろう!」
「でもちゃんと予防策はとってたんだろ?
なのに全滅なんて酷い事、今まであったか?」
「確かに、一株残らず全滅は初めてね……」
「熊だってそうだ。
定期的に銃声で脅かしてるから、ここ数年は人里に出てくる事なんて一度もなかったろ?」
「う〜ん……、いやいや!
それぐらいの偶然はあるべ!」
どうやら朝にも聞いた、ダメになってしまった畑の話をしている様だ。
どちらもちょっと珍しいケースというか、しっかり対策していたのに関わらず、それが起きてしまった。
もちろん100%の対策など存在しない。1件や2件ならそういう事が起きてもおかしくないだろう。
だがなんと、今集まっている農夫達全員が、自分の畑に同じ様な被害が出ているというのだ。
「こうも立て続けに起きると、全部偶然で片付けるのは無理がないか?」
「って事は、やっぱり本当なのか……
“魔女は人の運を吸い取る”っていう噂……」
「ッ!?」
魔女は近しい人間から運を奪い自分のモノにする。そんな噂があるのは事実だ。
この噂はコスモスだけで語られている訳じゃない。世界中どこでも知られているぐらい有名な一説だ。
ただそれが真実と裏付けるものは何もない。魔女という存在が希少な為、人々の想像を駆り立て生まれた妄言という可能性が高い。
とは言え、嘘と言い切る根拠が無いのも事実。
根も葉もない噂なら世界中で知られるほど有名になるか?という疑問もある。
そして今回に至っては、それを信じてしまいたくなる状況証拠が揃っている。
「ちょっと見たが、アークちゃんの麦は驚く程順調に育ってるよな……」
「ああ、俺も驚いた。
初めてであそこまで上手くいくのは珍しい。」
「というか見た事ない……
ああ、いや!きっとアークちゃんがすごく頑張ってるからだよな!うん!!」
皆気を使ってハッキリ言わないが同じ事を考えているのだろう。
自分達の運を吸い取っているからアークの畑だけ何のトラブルも無く、驚く程順調に育っているのではないか、と。
その証拠に、畑以外でも何か不幸な事が無かったか?という方向に話題が膨らむ。
「あ!そう言えば!!
ついこの前、家のオーブンが火を吹いて危うく火事になりかけたんだ。
ついこの前買った奴なんだが、運悪く不良品を摑まされたらしい。」
「それなら俺もある!
缶詰を喰ったら腐っててよ。腹壊して死ぬかと思った……」
「私も最近、治ったはずの腰痛がまた酷くなって……」
最早運なんて殆ど関係ないことまで言い出してしまった。
これでは悪い事は全てアークのせいだと言ってるみたいではないか。
俺も私もと、次々自慢するように不幸エピソードを話すこの流れを、1人の女性の怒声が止めた。
「いい加減にしなよッ!!
アンタら性懲りも無く、またアークちゃんに全部の責任を押し付ける気かい!?」
アークの位置からは女性の姿が見えなかったが、アークにはその声ではっきり分かった。
怒っているのはハマルだ。温和な彼女のこんな荒ぶった声をアークは初めて聞いた。
「あの子はそんな悪い子じゃない!
散々手伝って貰って、まだそんな事も分かんないのかい!?」
「あの子が悪い子じゃないのは知ってる!
でもそれとこれとは関係無いんだよ……」
噂ではこうも言われている。
本人が望もうと望むまいと、魔女はそこにいるだけで運を吸い取る。
ただ生きているだけで病原菌を撒き散らしてしまうネズミと同じ。アークが魔女である限り、その性質からは逃れられない。と。
「そんなのデマカセに決まってる!
ホントにそうなら、あの子と一番一緒にいる私が何で何ともないんだい!?
ちゃんと説明しな!!」
顔を真っ赤にして激怒するハマル。
彼女の歳でそんなに興奮したら倒れてしまいかねない。周りの人間は慌てて諌める。
「まぁまぁ、落ち着いて!!
みんな本気でアークちゃんが悪いなんて思ってないよ。なぁ?」
「あ、ああ!もちろんさ!
ただの噂だって事ぐらいわかってる!」
「とにかく、何だかおかしな事が連続してるのは事実だ。
ここに居ない人にも気を付ける様に注意を呼びかけよう!
今できるのはそのくらいだろう。」
一瞬ヒヤリとする場面はあったが、何とか荒れる事なく集会はお開きとなった。
噂は本当か嘘か。
反応を見るに農夫達の意見は半々。若干嘘と捉える者の方が多いぐらいか。
まだこの時は、だが……