11節
文字数 1,799文字
フカフカのベッドに仄かに香る花の香り。満腹な事もあり目を瞑ったらあっという間に眠りに落ちそうだ。
まったりしていると誰かがドアをノックした。扉を開けたのはアスピで、その手には1着の服が提げられていた。
「スピカさんって星教の司祭様ですよね?
アミュレットを見て気付きました。」
「そうだけど、それって司祭服よね?」
「そろそろ日課の夜のお祈り時間じゃないですか?
必要だと思って持ってきました!」
「何でそんなの持ってるの?」
「そんな事より、早く着替えましょう!」
彼女の言う通り確かに夜のお祈りは日課としてあるが、今日みたいに教会を離れている時は飛ばすこともある。それにわざわざ着替えなくても服装は自由だ。
そんなスピカの言葉を見事にスルーし、強引に服を押し付けるアスピ。渋々着替えたスピカを見て、アスピは豹変する。
「現役、モノホン、キちゃ〜ッ!!」
[パシャ!パシャ!]
アスピは隠し持っていたカメラを取り出すと、猛烈な勢いで写真を撮り始める。
気にせず始めて下さい、と言うのでスピカは仕方なくお祈り始める。
「生お祈り……!!
ムフフ、おほぉ〜〜〜♡」
[パシャ!パシャ!]
「アスピちゃん、ちょっと近いんだけど……」
「安心して下さい!
ローアングルで撮ったりしませんから!マナーは守ります!!」
「そう言う話じゃ無いんだけど……」
1人盛り上がるアスピを横目に、アークは1人ベランダに出て空に舞い上がった。
霧が届かない上空まで行くとカラスに似せた人形を召喚する。そのカラスの脚に紙を結わえ街に向かって飛ばした。
どうやら留守番をしているネカルに、明日帰る事を手紙で伝えた様だ。
城に戻る途中、泊まっている部屋とは別の部屋に灯りが付いているのに気が付いた。
何となく気になり窓から中を覗くとそこにはカノーが居た。
自室ではない様だ。何かの器材が沢山置かれていて、カノーがそれを使って何かしている。
「あら?アークさん?」
気配に気付いたカノーは窓を開け、アークを中に招き入れた。
何しているのか尋ねると、昼に持ち帰った土を使ってサイコメトリーを試す準備をしていたと答えた。昼に言っていた『物の記憶』を読み取る魔法だ。
「丁度今準備が終わったところです。
スピカさんを呼んできますね。」
「ちょ、ちょっと待った!!
スピカは、その……もう寝ちまったんだ!」
今スピカは部屋でお祈り中だ。カノーに見られたら星教の人間だとバレてしまう。そうでなくてもカノーが魔法を使うのをスピカに見せるのは危険だ。
2人だけで先に試してみよう。何か発見があれば自分からスピカに伝える。
アークはそう提案しカノーを足止めする。
「確かに起こすのは悪いですね。
わかりました。私達だけで確認しましょう。」
カノーは皿に盛った土の前に立ち手をかざした。
皿がカタカタと音を立てながら小刻みに揺れ始める。
すると部屋の中央に置かれた直径1メートル程のガラス玉がボンヤリと光り始めた。ガラス玉の中に雲の様なモヤが発生し、生き物の様にグニョグニョと動き始める。
そのモヤが徐々に何かを形造り始める。出来上がったのは今日訪れた大穴だった。ガラス玉の中に1つの情景が収められている様はスノードームを思い起こさせる。
よく見るとスピカ達の姿も確認できる。どうやら今日の様子を再現しているらしい。
「ここから更に時間を遡らせます。
何とか読み出せれば良いですが……」
古い記憶程読み出すのは難しい。大穴ができたのは3ヶ月前。カノーでも読み出せるギリギリのラインだ。
カノーの顔が引き締まる。細心の注意を払いながら機器を操作する。
ガラス玉の中がモヤの状態に戻り、またグニョグニョと蠢く。その後再び大穴が再現された。
殆ど変化は無いがスピカ達の姿は消え、代わりに見張りらしき男達の姿が確認できる。どうやらカノーが大穴を訪れる以前に戻った様だ。
その後も何度もモヤの状態に戻りながら徐々に過去に遡っていく。
しかし遡る程に再現される情景が歪で曖昧な物になっていく。果たして目的の日まで戻れるか……?
そう心配し始めた時だった。
「大穴が消えた!
穴ができる前まで戻ったぞ!!」
現れた造形はかなり荒いが、まだ辛うじて何が映っているか識別できる。
後は少しずつ時間を進めるだけだ。
全てが始まった”あの夜”まで……