異聞(前編)
文字数 1,439文字
[ガンガン]
「おう、入れ。」
荒いノックに応えたのはオフィウクス商会のケバルだ。
返事を聞いて扉を開けたのは、ホテルでの一件で1月前に捕まった筈のサビクだった。不機嫌そうに顔をしかめながら、ドスンとイスを軋ませながら座る。
「なんや、機嫌悪いな。どないした?」
「……なんですぐ出してくれんかったんや。」
「はぁ?」
「何で1ヶ月も放置されたんや!
すぐ出せたんちゃうんけ!?」
どうやらサビクは、すぐに解放して貰えると思っていたのに、1ヶ月も放置されたのが不服な様子。
元々怖い顔を更に歪ませ、猛獣でも逃げ出しそうな鬼の形相でケバルを睨む。
だがケバルは一切動じず、氷の様に冷たい目で逆にサビクを震え上がらせる。
「俺に質問しとんのか、オイ?」
「(ビクッ⁉︎)
ち、ちゃうちゃう……!?ちょっとグチっただけや!
ケバル兄は忙しいからすぐに動けんかった事ぐらいわかって……」
「何言っとんねん。別に忙しないわ。」
「え……?」
「元々お前がしょうもない乱痴気騒ぎしようとしたのが原因やろ。
何で俺がケツ拭いたらなアカンねん。」
「ぐゥっ……!」
「会長(オヤジ)の家族招集があったから、しゃあ無しに手助けしてやったが、ホンマは自力で出て来なアカンのやぞ。
いつまでも俺を頼りにすんな。次はないで。」
「す、すまん……
(チッ……!偉そうにしやがってッ!!)」
その時、部屋の電話が鳴った。
ケバルが電話に出ると、女性の声がこう伝える。
[ラサルハグェ会長からお電話です。]
「わかった。繋いでくれ。」
プツッという音と共に電話の相手が切り替わる。
ケバルはボタンを押し、音がスピーカーから聞こえる様に操作。するとすぐに老齢の男性の声が響く。
[揃ったか?]
ガサガサの弱々しい声。しかし不思議と発する言葉は耳に重く、自然と注意を引かれる。
そんな声の主にケバルは応える。
「久しぶりやな、オヤジ。
言われた通りサビクも呼んで来とるで。」
[集まってもろたのは他でも無い。ワシの”跡継ぎ”についてや。]
薄々要件には気付いていたのだろう。2人に驚いた反応は見られない。
全員静かに続く言葉を待つ。
[ワシも歳や。
今は治ったとは言え、少し前まで病気で伏せっとった。
死に体になるのもそう遠ないやろ。
そうなる前に、次の会長を決めなアカン。]
と言う事は裏を返せば、まだ誰を跡継ぎにするか決めていないと言う事だ。
この事は意外だったのだろう。サビクが疑問を呈する。
「それってケバル兄で決まりやなかったんか?」
[ワシは一言もケバルに継がせるとは言っとらん。
組織内での評価は1番高いらしいが、所詮はオフィウクスの血を引かん部外者の下馬評。
そんなモンを参考にする気は毛頭無い。]
「相変わらず他人の意見は全く聞く気ないんやな。
ほな、どうやって決める気なんや?」
ケバルが少し顔を険しくしながら核心をつく質問をする。
ラサルハグェは沈黙で間をとった後、こう切り出す。
[お前達、最近立て続けに駒を失ったな。]
「キタルファとアンサーの事か?」
[そうや。
しかもその原因になったんは、同じ女らしいな。]
「ああ、その通りや。」
[ワシらの世界はメンツが命と同等や。
2度も手ェ出されて、何もせんままでは示しがつかんのはわかっとるな。]
「もちろん。当たり前やんけ。」
[そこで、お前ら含むワシの子供5人全員で競争してもらう。
件の女に、最初に”落とし前”を付けさせたもんが次期会長や。]