5節
文字数 1,928文字
気付かれない内に農夫達の集会場から離れたアーク。
悪口とはちょっと違うが自分に関するよくない噂を聞いて、気分が落ち込まない者などいない。
彼女は少し雲の多い夜の空を暗い面持ちで飛ぶ。
「久し振りに聞いたな……
あの噂……」
アークの故郷はコスモスから遠く離れた、大陸すら違う全くの異郷。
コスモスとの交流なんて全く無いそんな場所でも、同じ噂が存在した。
本当に魔女は運を吸い取ってしまうのか?それはアークにもわからない。
もちろん意図してそんな事はしていない。だが噂通り、側に居るだけで意識せずとも吸い取ってしまうのだとしたら、完全に否定などできない。
もしそれが本当だとしたら……
取らなければいけない選択はたったひとつ。それは最も選びたくない選択肢だ。
(噂が嘘だと証明するしかない。
みんなにこれ以上不自然な不幸が起きない様にすれば、きっと安心してくれる!
いつどんな形で訪れるか分からない不幸から守るなんて、ちょっと無理があるが……)
そんな結論に至ると同時に、農園区の外れにある廃村が見えてきた。
ここにある捨てられた古い館がアークの家だ。
地上に降りて玄関のドアを開けると、すぐにカボチャ執事のネカルが出迎えた。
お帰りなさいの挨拶の直後、ネカルはこう伝える。
「お客様がお見えです。」
「客?スピカか?」
「いえ、いらしているのは”魔女のお仲間”です。」
「何だと!?」
瞬時にアークは顔を強張らせ、待たせているというリビングの扉を開いた。
そこには我が物顔で寛ぐ、6人の若い女達が居た。
菓子を乱雑にテーブルの上に広げ、談笑しながらバクバクと飲み食いしている。
空になった袋やボトルは部屋の隅に放り投げ、テーブルの下は食べカスや飲みこぼしでグチャグチャ。
それらから発せられる甘い匂いとアルコールの匂いが入り混じり、吐き気がする不快な空間を作り上げている。
自分の家を汚され嫌悪を露わにするアークに、1人がテーブルに肘を乗せたまま話し掛ける。
「おかえり〜
汚れ仕事ご苦労様。」
「”花圃(かほ)”……ッ!!」
ピンクに染められた髪。
肩や胸の谷間を曝けた露出の多い服。
キラキラのアクセサリーに濃い目の化粧。
綺麗やセクシーというより、下品で男に媚びた格好という印象。
他の連中もおおよそ同じタイプだ。
花圃と呼ばれた女は馴れ馴れしくも小馬鹿にした態度で話す。
「半年ぶりぐらい?
聞いてるよ。この街でちょっとした有名人らしいじゃん。
“畑の魔女”さん。」
「ププッ!”畑”だって(笑)」
「ダッサぁ〜!」
「やめなよ〜
聞こえたら可哀想じゃん、クスクス……!」
「チッ!何しに来た!?
ワシとお前らはもう無関係だろ!!」
花圃は立ったままのアークに椅子を譲ろうとも、自らが立とうともしない。
パクパクと菓子をつまみながら話を続ける。
「アタシ達はあなたの様子を見に来て上げたの。」
「様子だと?
死んだか確かめに来た、の間違いだろ!」
「何のこと?
なんか死にそうな目にでも遭った?」
「見え見えのシラを切りやがって……!!
お前がメンカルのクソオヤジに、ワシの魔導書を渡したんだろ!
アイツがワシを殺そうとする様に仕向けたのだって、どうせお前の仕業なんだろ!?」
「は?言い掛かり?証拠あんの?」
「悪い事は全部他人のせいにするとか、クズの極みじゃん。」
「花圃ちゃん、コイツ全然反省してないよ。
分からせて上げた方が良いって、絶対!」
「はいはい。
言いたくなるのはわかるけど、ちょっと黙ってて。」
「はぁ〜い……」
群れた女特有のキーキー声を一声で鎮める様は、差し詰め”お局”と言ったところか。
どうやらこの花圃が6人の中のリーダー格の様だ。
1人のアークに対して、自分には取り巻きが沢山いるという優位からか。花圃はアークに敵意を向けられても余裕の態度を崩さない。
「私があなたを殺そうとしたって思いたいなら好きにすれば?
でも、あなたが心配で様子を見に来たっていうのはホントよ。」
「心配だと……?」
「そろそろアタシ達の元を離れた事を後悔し始める頃かな、ってね。」
「ハッ!生憎だったな!
後悔なんて微塵もしてない。上手くやれてるからな!」
「ふ〜ん、上手くねぇ……」
「な、なんだよ……?」
『上手くやれている。』
昨日までならこの言葉を自信満々に言えただろう。
だが今日は農夫達のあの会話を聞いてしまった。若干の引っ掛かりが心の奥にある。
それを見透かしたかの様な目でアークを見る花圃。
追い詰める様に、更にこう質問する。
「あなたは上手く行ってても、周りはそうじゃなかったりして?」
「(ドキッ!?)」
「やっぱりねぇ……
そろそろ影響が出始める頃だと思ったのよ。」