1節
文字数 2,395文字
なるべく外に出たくない。そんな時期にスピカとビエラが朝早くから家を出て来た。その足はバス乗り場方面へ向いていた。
2人は家を出て最初の角を曲がった後、徐に立ち止まり後ろを振り向いた。すると直ぐにある男が後を追うように角曲がる。
「おっと……!
こんな所で奇遇ですね。」
わざとらしくシラを切ったのは新聞記者のアルデバランだった。
そんな彼をスピカは睨みつけ、不快そうに話し掛ける。
「付いて来ないで下さい!
気付いてますからね!最近私を付け回してるの!」
「そんな邪険にしないで下さいよ。
あなたは今一番話題の人なんですから。多少は許して欲しいですね。」
「また私の事、面白おかしく記事にする気でしょ!」
「悪く書いた事は一度もないでしょう?
多少イジってはいますが、総合的には持ち上げる記事しか書いてない。
お陰で近頃は随分ご盛況な様で。」
スピカがここ数ヶ月の間に関わった通り魔事件、魔女問題、そして学術院での学力勝負。
これらをコスモス新聞社は全て一面記事として扱った。これらの中心には、とある人物がいるという事を大々的に風潮して。
名前こそ伏せられていたが、その人物がスピカである事は風の噂で直ぐに広まった。そして噂を聞きつけた人が次々とスピカの教会を訪れ、口々に相談して行く様になった。
家族の埋葬で祈りを捧げて欲しい。
子供を日曜学校に参加させて欲しい。
懺悔を聴いて欲しい。
などの本来の仕事の範疇だけなら問題無い。
しかし中には……
隣人トラブルを解決して欲しい。
いい歳して働かない子供の職探しを手伝って欲しい。
家のネズミを退治して欲しい。
挙げ句の果てには、これからギャンブルするから上手く行くよう祈ってくれ。とか言う奴も出て来る始末。
自分は何でも屋じゃない!
と文句の一つも言いたいスピカだったが、それでも多くの人が教会に来てくれるのは素直に嬉しかった。暇過ぎて不安だった少し前とは比べ物にならない。
(でもなに『自分のお陰』みたいな言い方してんだか!
全部ビエラ様のお陰だっての!)
とにかく纏わりつくなと念を押し、スピカ達は再び歩き出す。しかしアルデバランがその程度で諦める訳が無く、一定の距離を置いて付いて来る。
当然スピカは気付いていたが無視してそのまま次の角を曲がる。後を追うアルデバランが同じ様に角を曲がった時、思わず目を見開いた。
「い、居ない!?」
ついさっき曲がったばかりのスピカ達の姿が無い。アルデバランは慌てて辺りを見渡す。
隠れられそうな場所を覗き込むも見つからない。撒かれた!
アルデバランは「チッ!」と舌打ちすると慌てて走り去って行った。
「へ〜、ホントに私達のこと見えて無いんだ。」
アルデバランが居なくなった後、そう感嘆したのはスピカだった。
スピカは何処にも行っていなかった。隠れてすらいない。普通につっ立っていただけだ。
アルデバランは目の前にスピカがいるのに、全く気付くことができなかったのだ。
「ありがとね!
あなたを呼んで正解だったわ!」
「フフン、オッサン1人化かすぐらい楽勝だ。
簡単過ぎてつまらんな。」
クワに腰掛けながら舞い降りて来たのは、かつて農園区を騒がせた魔女アークトゥルスだった。
褒められて嬉しいのか得意げな顔で地面に降り立つと、腰に手を掛けてもっと難しい願い事じゃないと実力を見せられんな、と踏ん反り返る。
何故アークがここにいるのか?
それはスピカがアルデバランに付け回され困り果てていた時、不意に自室で保管していた一冊の本が目に入った事がきっかけになる。本を見たスピカはすぐに農園区に足を運んだ。
〜〜〜〜〜
「……というわけで、力を貸してもらえないかしら?」
「フン、面倒だな。
だが、力を借りたいなら魔導書にそう書けばいい。そうすればワシに拒否権なんて無いんだからな。」
「喜んでお力になりますが、どうせなら魔導書を使ってもらった方が力が補充できて助かる。
と申しております。」
「ネカル!変な訳し方をするなッ!」
〜〜〜〜〜
そんなやりとりの後、スピカはアークに手助けして貰う事になった。
結果は期待以上。誰も傷付けず、騒ぎも起きてない。
初めはアルクを頼ろうとも思ったが、こういう役割はアークの方が適任だった様だ。
「にしても、こんなガキがホントに神だと思ってるのか?
頭大丈夫か、お前?」
アークはビエラの頭をわしゃわしゃと乱暴に撫で回す。
「失礼な事しないでよ!
前にあなたが仕掛けて来た幻覚にビエラ様だけは掛からなかったの知ってるでしょ?」
「確かにアレは不思議だったが……
ガキだから無意識に手加減してたんだろ。」
「手加減してたのはビエラ様だから!
本気出したらあなたなんてイチコロよ!」
「ヒヒヒッ!
このガキがワシより強い?面白い冗談だ!」
ガキガキと失礼極まりないアーク。完全にバカにしてる。
ムカッときたスピカは本を取り出すと、何かを書き込んだ後アークに質問する。
「問題です。
この子の名前は?」
「なんだ急に?
ビエラ”様”だろ?
……んん!?今ワシ何て言った?」
アークはもう一度答え直す。
だが何度答えても口が勝手に動く。どうしてもビエラを『様』付けで呼んでしまう!
「よしよし、それで良いのよ。
正体を知ったからにはちゃんと敬意を払った呼び方をして貰うわ。」
「何てこと書きやがる!
しかも永続的に効果があるやつじゃないかッ!訂正しろッ!!」
グチグチと文句を言うアークを引き連れ、3人はバス乗り場に向かう。
今日の目的地は3ヶ月前、ビエラと出逢ったあの日にできたという謎の大穴。まだ誰もその正体を掴めてないらしいが、ビエラと関係がある可能性は非常に高い。
スピカにはそれを確かめる義務がある。ビエラの秘密を知る者として。