7節
文字数 2,533文字
商業区を抜けたのだろう。外が随分静かになった。
しかし何か様子が変だ。
道端にビールの空ビンが散乱していたり、あちこちの壁に落書きがあったり。全体的に汚い印象を受ける。
歩いている人は皆どことなく覇気が無く、疲れ切った濁った目をしている。
(8区には昔一回行ったことがあるけど、こんな場所だったっけ……)
ポルックスが不思議に思い始めた時、車が大通りを逸れ脇道に入った。
車1台がギリギリ通れる細い道を進むと、行き止まりが車2、3台分ぐらいの小さな空き地になっていた。
そこで車が停車する。着いたという事だろう。
約束通り2500ゴールドを払い車を降りようとする。
すると、運転手の男は耳を疑う事を言い出した。
「ちょいちょい!どこ行くの?
お金足りないよ。」
「え??
確か2500ゴールドだった筈じゃ……」
「そうだよ。“1人につき”2500ね。
4人だから合計1万ゴールドだ。」
「はぁっ!?
タクシーなのに何で1人ずつ払う必要があるんですか!?」
「何でもなにも、ウチはそういう値段設定でやってるだけだろ。
君に文句言う資格あんの?」
「あるに決まってる!!相場の倍以上じゃないかッ!!
行こうみんな!こんなの払う必要ないよ!!」
ポルックスに促され全員外に出る。
すると通って来た道から4人の男達が現れた。
「オイオイ、乗せてもらったんだから礼のひとつでも言えよ。
なってねぇガキだな。」
入り口を塞ぐ様に3人が出入り口で待機。後の1人が偉そうに肩を揺らしながら近付いて来る。
ヤバい空気を察したリギルとポルックスは、ビエラとミモザを隠す様に後ろに下がらせる。
「アルさん、ちょうど良かった!
このガキが金払わずに逃げようとしてんすよ〜!」
「マジかよ?
最近のガキはマナーどころか法律も守らねぇの?」
事前に提示されていた分のお金なら払った!
そう言うポルックスの言い分を無視し、男は徐に車をチェックし始める。
すると突然……
「あっ!!
オイオイ、ここに傷付いてんじゃねぇか!何してくれてんだよッ!
ウワッ!ここにも……、ここにもある!」
「いや、全部元々あった傷っすけど……」
「そんな訳ねぇよな?」
「はい。コイツら乗せる前はピカピカでした。」
「じゃあ弁償だな!
全部合わせて……100万ってとこか。」
「「はぁっ!?」」
あり得ないイチャモンで大金を請求する男。
こういう輩は相手しないのが正解なのだが、真面目なポルックスは真剣に言い返してしまう。
「この車が初めからボロボロだった事は僕ら4人とも知ってる!
こんなメチャクチャな話通る訳ないッ!!」
「あ?
金も払わない犯罪者のガキ4人の話こそ通る訳ねぇだろ。」
「かたや俺達は真面目に働く大人5人。
どっちの話を世間が信じるかわかんないの?君バカ?」
こんなことを言っているが、普通に考えればポルックスの言い分の方が信じられると分かる。
が、場の空気というのは恐ろしい。多人数から一気に責められると、人間正常な判断ができなくなる。
ましてや子供が大人から責め立てられているのだ。これで冷静を保てと言うのは無理がある。
徐々に言い返す気力を失っていくポルックス。
それを見計らって男はこんな話を持ち掛ける。
「俺達は優しいんだ。
ちゃんと罪を認めるなら穏便に済ませてやるよ。」
「穏便……?」
「お前らの親には黙っといてやる。
コッソリ金だけ持ってくれば許すよ。」
「100万なんて大金、コッソリ持ち出せる訳……」
「そうだ!弁償代も80万にまけてやるよ!
4人で割れば1人20万。大した金じゃねぇだろ?
それぐらいなら抜いたってわからねぇって。」
「でも……」
「拒否るなら迷惑料込みで200万だぞ、コラッ!!
親だけじゃなく近所にも、テメェらがどれだけ悪い事をしたか言いふらす!!
家族全員、まともに外を歩けなくしてやるからなッ!!」
譲歩したかと思いきや、次の瞬間には顔を押し付ける様して耳元で怒鳴り付ける。
飴と鞭を巧みに使い分け、ポルックスの心を乱暴に揺さぶる。
混乱するポルックス。
苦痛に耐えかね、思わず屈してしまいそうになった時だった。
「ε=ε=ε=(((#`Д´) オラァァッ‼︎」
「イッテ!!?」
何と後ろに隠れていたビエラが、いきなり飛び出し男に頭突きをかました。
苦しそうなポルックスを助けずにいられなかったのだ。
不意打ちをまともに鼻にくらった男。左の鼻の穴からタラリと血が垂れる。
小さい女の子に頭突かれた上、鼻血を出すというダサ過ぎる姿。
それを見て仲間の1人が思わず吹き出す。
とんだ赤っ恥をかかされて男は激昂。
感情が命じるままにビエラに向かって拳を振り下ろす!
しかし!それをリギルが咄嗟に庇った!
代わりに殴り飛ばされ倒れるリギル。親友が傷付けられたのを見て、ポルックスに怒りの感情が灯る。
その怒りは混乱を吹き飛ばすのに充分なものだった。
「何と言われようと1ゴールドも払わないッ!!
言いふらしたければ言えよッ!!
子供に暴力を振るお前らみたいな奴の言う事、誰も信じるもんかッ!!」
「先に手ぇ出したのはそっちだろうがッ!!」
「女の子の攻撃すら避けられない方が悪いんだ!
このウスノロッ!!」
一歩も引かないポルックスを援護すべく、すかさずリギルも起き上がり加勢する。
「て言うか、マジギレする程痛かったんだ?こんな小さい子の頭突きが。
へ〜、ふ〜ん、そうなんだぁ〜」
「あ゛ぁッ!?
調子乗んなよクソガキッ!!ブッ殺すぞッ!!!」
いくら凄もうと2人は怯まない。強い眼差しが男から逸れる事はない。
脅しが全く効かなくなり逆に混乱したか。男は後先顧みずポルックス達に殴り掛かろうとした。
その時……!!
〈キャァァーーーッッ!!!〉
甲高い悲鳴を上げたのはミモザ。
小さい身体からは想像できない声量だ。
〈だれかァァーーーッ!!
助けてェェーーーッッ!!!〉
「この声じゃ大通りまで聞こえてる!誰か来るかも知れねぇ!!」
「ガキ殴った今の状況を見られるのは流石にヤバいって!!」
「ググゥ……ッ!!
クソッ!!逃げるぞッ!!」
ミモザの悲鳴にビビった男達は大慌てで走り去るのだった。