異聞(前編)
文字数 1,481文字
パーティ会場のあるホテルの前に1台の黒い車が停まった。
その後部座席に座っているのはケバルだ。
しばらくそこで待っていると、ホテルから大勢の人間が血相を変えて飛び出して来た。
「どうやらカタが付いた様やな。」
ケバルは交渉用の帳簿が入った鞄、それとアタッシュケースを持ち車を出た。
助手席に座っていた付き人らしき男が後に続こうとするが……
「1人で行く。お前はここで待ってろ。」
「いや、しかし……
例の女が居るんなら危険やないですか?」
「マルフィクがどうなったか見てくるだけや。
なるべく穏便に済ませたい。仲間引き連れとると刺激してまうやろ。」
「……承知しやした。」
不服に思いつつも命令に従い車に戻る付き人の男。
本当に行かなくて良いのだろうか?そう呟く彼に、運転席の若い男が話し掛ける。
「大丈夫っすよ。
ケバルさんの危険察知は超能力級なんすから。」
「……せやな。
俺みたいなんが心配するだけ無駄か。」
「それより心配なのはマルフィクさんすよ。
ケバルさんから”マルフィクが例の女にやられそうだ”って聞いた時は、まさかと思いましたけど……
さっき出て来たパーティ客の顔を見るにマジっぽいっすね。」
「ああ……
ケバルさんはよう”マルフィクはクズや”なんて言っとったが、それでもやっぱ弟なんやなぁ。
わざわざこうして助けに駆けつけるんやから。」
——スピカ達がパーティ会場を去った後すぐ。
「ウウぅ……ッ!」
「ん?目ぇ覚めたか?」
「ケ、ケバル兄ぃやん!?
何で……
って言うか、ワイ何してたんやっけ……?」
「記憶飛んだんか?
エグいパンチ持っとんな、あの女……」
目を覚ましたものの、記憶が曖昧なマルフィク。
そんな彼にケバルは簡単に状況を説明する。
すると徐々に意識がハッキリしてくる。
「クソぉ……ッ!!やられたわ!
しっかし、何でここがバレたんや?誰かが裏切ったって事か?
これは調教方法を見直す必要があるな……!!」
などと、早速敗因を分析し始めるマルフィク。
反省できる辺りガサツだがバカでは無い様だ。
数百人規模の詐欺グループを形成できただけはある。
「でもま、ガンバッた感は見せられたからオヤジには怒られんやろ。
ワイはもう会長の座から手ェ引くわ。
残念っちゃ残念やけど、それなら今まで通りやるだけや。」
「ハハ、今まで通りか。
懲りへんなお前は。」
「流石にここ(コスモス)ではもう商売できへんが、世界中どこにでも情け無い奴はおるからな。
この世に弱者がおる限り、『詐欺部』が廃れる事は無いで!
ギャハハハッ!!」
そんな会話をしている最中も、ずっとケバルは持って来たアタッシュケースの中身をイジっていた。
どうやら何かの組み立てパーツらしく、説明書を見ながらそれらを繋ぎ合わせている。
一体それは何なのか?当然マルフィクはそう思った。
だが訊いてもどうせ「質問すんな!」と怒られる事が分かりきっていたので、触れようとはしない。
「ヨシッ!多分できた!
マルフィク、ちょっとこっち来い。」
「ん?なんや?
まだちょっと身体痺れとるんやけどな……」
呼ばれたマルフィクは立ち上がり、ケバルの元に歩み寄りつつその手にある物を見る。
ケバルが組み上げたのは1本の長い鉄の棒。遠目に見る分には何の変哲も無いが……
2人の距離が1メートル程度まで近付いた時だった。ケバルが鉄棒の持ち手部分をキュッとひねった。
すると逆側の先端から鋭く尖った刃が飛び出し、槍の形状へと変わる。
そしてその槍をケバルは……
唐突にマルフィクの左腿に突き立てた。