10節
文字数 2,385文字
もしアークトゥルスがアルクと同じ様に、己の命となる本を持っているとしたら。
その本の呪縛のせいで、望まぬ悪行を働かされていたとしたら。
それを強いているのはあの人物しか考えられない。
魔女騒動で再評価され、唯一得を得ている農園区区長の兄メンカルだ。
そのメンカルを調べる為、再び農園区にやって来たスピカ達。彼について聞き込みする為、ハマルお婆さんの家を訪問した。
するとハマルはスピカを見つけるなり血相を変えてこう話した。
「大変だよ!司祭様!
あの娘が……魔女が今日にでも処刑されそうなんだよ!」
「エッ!?
執行猶予はまだ1日あるはずです!」
ハマルによると、メンカルが昨日の夜になって急に『あんな約束は無能司祭が勝手に言っていただけ。守る必要なんてない。』と言い出したらしい。
そして今朝からメンカル含め、区内中の人が集まり着々と処刑の準備が進められている。昼頃には準備が終わり刑が執行されそうだと言う。
「私が力強くで止めてきましょう。」
「待って下さい、アルク神父。
これは寧ろ好都合かもしれません。」
「え?」
「ハマルさん、メンカルさんは今日、本を持ち歩いていませんでしたか?」
「本?
いいえ、いつも通り猟銃ぐらいしか持ってませんでしたよ。」
「ということは、本は自宅に隠している可能性が高いわね……」
下手にメンカルを探って気付かれでもしたら、本を燃やして証拠隠滅を図ろうとするかも知れない。だが処刑準備に気を取られている今なら、多少派手に動いても気付かれる心配は無いだろう。
スピカは早速、ハマルの案内でメンカルの家へと向かう。
——メンカル宅——
「あそこがメンカルさん家だよ。」
「ここまで来たのは良いですが、流石に鍵は掛けられているでしょうね。
どうしますか、スピカ司祭?」
「アルク神父の腕力なら扉壊せますよね?」
「もちろん出来ますが……、やるんですか?」
状況から考えてメンカルが怪しいのは間違い無い。だが黒である確たる証拠は無い。もし違っていたらスピカ達の方が犯罪者になる。
軽率過ぎないかと警告するアルクだったが、本気になったスピカは誰も止められない。
「今一番恐れなきゃいけないのは、迷っているうちに全て手遅れになる事です。
命が無為に奪われることに比べたら、不法侵入で捕まるぐらい大した問題じゃありません!」
「……フッ、流石ですね。
わかりました。」
覚悟を決めてアルクが戦鎚を握る。扉に向かってそれを振りかぶった時、アルクは何者かの殺気を感じた。本能的に危険を察知し瞬時に飛び退く。
直後、アルクが立っていた場所から鋏や鉈が飛び出す!
「ほう、避けられますか。
どうやら本当に魔獣でいらっしゃるようですね。」
背後から声が聞こえた。振り返るとそこには1人の農夫がいた。
スピカはその農夫に見覚えがあった。魔女の処刑に最初に同意した人。処刑の流れを決定的にしてしまった人物だ。
またハマルにも覚えがあった。スピカが捕まっていたあの夜、全員で助けに行こうと扇動した人物だ。
まるで今に至る様にコントロールしていたかの様な立ち回り。
スピカはその正体を見破る。
「あなた、あのカボチャ執事のネカルとか言う人ね?
私が真相に近付いてる事をメンカルに知らせたのもあなたでしょう?」
「ご名答でございます。」
正体を現すネカル。彼がここに居て、なおかつメンカルの家に押し入るのを邪魔したという事は、スピカの読みはほぼほぼ正解しているという事だ。
「邪魔しないで。
私達はあなたのご主人様を助ける為に動いてるのよ。」
「申し訳ございませんが、それはできかねます。
メンカルの願いを叶える事がアークトゥルス様の目的。
そしてアークトゥルス様の目的をお助けするのが私の勤めにございます故。」
ネカルの目が不気味に光るとその身体が2つに、4つに分裂する。何十体にも別れたネカルは取り囲む様にしてスピカ達の周りを高速で飛び交う。
その全てが懐から一斉にナイフを取り出し構える。それは、そこから一歩でも動けば攻撃するという無言の脅迫だった。
「どれが本物かお分かりになりますかな?」
「クッ!ただでさえ時間が無いのに……!!」
余裕を見せるネカルと、それに焦るアルク。
どうやら2人とも分かっていない様だ。こんなまやかしは何の意味もない事を。
「ビエラ様、どれですか?」
「アレ(*・д・)σ」
「ッ!!?」
ビエラが迷う事なくとある1体を指差す。
その瞬間、ネカルが動揺を見せたのをアルクは見逃さなかった。
その目が狩人の目に変わる!
分身を集めてもう一度紛れなければ。ネカルがそう判断した時には既に事は終わっていた。
ネカルの頭部と胴体はいつの間にか切り離されており、その頭は片手だけ獣形態へと変体したアルクによって鷲掴みにされていた。
(いつの間にやられた!?ま、まるで反応できなかった……!
噂には聞いていたが魔獣の膂力がこれ程とは……!?
あの子供も予想外だ。
何故いとも簡単に本体を見破れた?
そして何より、こんな2人を従えている彼女は一体……!?)
アルクはこの頭をどうするかスピカに尋ねる。
ネカルも間接的に操られているだけ。トドメを刺す必要は無い。しばらく身動きが取れない様にさえできれば充分だ。という事で、取り敢えず地面に埋めておく事にした。
地面を掘って頭を埋めようとした時、ネカルはスピカに忠告する。
「お辞めになった方がいい。
アークトゥルス様は……、あの娘は人を不幸にしかしない。」
「ふ〜ん」
「……ハハ、全く動じませんか。」
その時、警鐘が鳴り響いた。処刑の準備が整った合図だ。
もう時間がない!
「急がないと……ッ!!」
「ベッドの下の床下収納をお探し下さい。」
「え?」
「ですが覚悟なさって下さい。
この件が片付いたとしても、それで終わりではありません故。」