10節
文字数 1,801文字
ホテルの前に停められていた車だ。運転席にはサビクが乗っている。
かなり頑丈に造られているのか、壁を壊した後でも車体には殆ど傷が付いていない。
「ガハハッ!!コイツはダイナマイトにも耐える特注車だ!
馬力も戦車並み!これで挽肉にしたらぁッ!!」
サビクがアクセルを全力で踏み込む。エンジンが爆音を上げロビーのあらゆる物を吹き飛ばしながら猛スピードで迫る!!
その前に臆する事なく立ちはだかるアルク。両手両脚を大きく広げ、身体全体で車を受け止めた!
だが流石に無理がある。ズルズルと後ろに押し下げられて行く。
「死ねヤァァッッ!!」
「ヌゥ……ッ!
流石にこのままでは無理か……仕方ない!」
突如アルクの身体が膨張し始めた。服が、靴が弾け飛び、黒い体毛が全身を覆い始め、その肉体を異形へと変貌させる。
同時に車の暴走が止まった。サビクは何度もアクセルを踏み直すが、タイヤは虚しく空回りを続ける。
「んなアホな事……ウワァッ!!」
完全に獣の姿となったアルクは、なんと車体を丸ごと持ち上げた!
大きく振りかぶり車を投げ飛ばすと、車はグルグルと猛回転しながらロビーを転げ回る!
グチャグチャになり逆さで止まった車。そこからサビクが這い出してくる。
あれで死んでいないとはこの男もなかなかのバケモノだが流石に満身創痍。サビクは立ち上がることができないまま完全に沈黙した。
今度こそ決着は付いた。
スピカはケバルに問う。
「まだやる?」
「…………」
「ケ、ケバルさん!!
なんとかして下さいッ!こういう時の為に大金を納めてたんでしょう!!」
「うっさいわ、ボケッ!」
ケバルは泣き付くキタルファを突き飛ばした。そして、いともあっさり両手を上げる。
「降参や。
サツでも何でも呼んだらエエわ。」
「な、何を言って……!?」
「キタルファさん、アンタとはここまでや。
短い付き合いやったが、これからの豚箱生活頑張ってや。俺らの分もな。」
商会は警察組織内の一部を既に取り込んでいる。捕まってもすぐ抜け出す算段がある事は、その余裕の顔から伺い知れる。
恐らく一連のゴタゴタ、被害の全てをキタルファに押し付けるつもりだ。
トカゲの尻尾切り。
……いや、商会にとってキタルファなど尻尾ですらない。何百とある鱗の一枚を捨てるぐらいのものだろう。
「どうしますか、スピカ司祭?」
「ちょっとぐらい痛め付けとくか?」
「う〜ん……、それで反省する人に見えないし放っときましょ。
それよりもビエラ様を……ってあれ?居ない?」
長椅子で寝ていた筈のビエラがいつの間にか居なくなっている。
一体何処へ?辺りを探し始めた時、キタルファが叫んだ。
「うう、う、動くなッ!!」
キタルファの手にはナイフ。その刃先は抱えられたビエラに向けられていた!
手は震え、息は荒く目もイッてる。追い詰められて完全に正気を失っている。
こうなった人間はどんな悪人よりも恐ろしい。
……筈なのだが。
「はぁ……
往生際が悪いんだから……」
「な、舐めるんじゃないッ!!本気で殺るぞッ!!」
「はいはい、わかったわかった。」
子供が人質にされたのに全く動揺を見せないスピカ。それどころか「やれるものならやってみろ」と挑発し始めた。
混乱した相手にそんな態度を見せればホントにやってしまう。気でも狂ったか?
「さ、2人とも。
ビエラ様の事はいいからアイツ倒しちゃ……」
「(*っω-) ウ~ン…」
「げッ!?お、起きたッ!?」
流石に騒がし過ぎたからか。それとも単にたっぷり寝たからか。
何にしても、この状況でビエラが目を覚ましてしまった。
目覚めたビエラは初めこそスピカを見つけて喜んだが、すぐに知らないオッサンに捕まっている事を理解し硬直する。更に目の前に突き付けられたナイフも目に入り、恐怖で目をウルウルと滲ませる。
その途端、さっきまで余裕綽々だったスピカが一転して取り乱し始める。
「お、落ち着いて下さいッ!
どうして欲しいですか?何でもしますから!」
「バカめ!ようやく状況を理解できたか!
ならまず全員外に……」
「お前に言ってないわクズッ!!」
「エエッ!?」
スピカが怒鳴った事にビエラが驚き、ギリギリで堪えていた涙がついに溢れた。
すると周囲に耳鳴りの様な甲高い音が響き始める。
「ヤバい!来る……ッ!!」