5節
文字数 2,752文字
商業区の交番を片っ端から訪ねた後、スピカ達は小さな公園で休憩していた。日が傾き始め、人通りも少なくなってきている。
クタクタなスピカと打って変わって、少女は元気にハトを追いかけ回している。その無垢な姿が最期に訪ねた交番で言われた言葉をより一層重く暗いものにする。
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「調べましたが該当する迷子届けは出ていませんね……」
「そうですか……
じゃあまた別の場所で聞いてみます。」
「待ってください!
本当に昨日迷子になったのだとしたら、必ずここにも情報は来ているはずです。
迷子届けを出されて24時間以上見つからなかった場合、他の街区も含め全ての交番で共有する決まりになっていますから。」
「え?そうなんですか?
じゃあこれ以上交番を訪ねても無駄って事か……」
「見つかったのは教会なんですよね?
でしたら、その……、”捨て子”という可能性もあり得るかと……」
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その可能性は考えなかった訳じゃない。昔から子供を捨てる場所の定番は教会だからだ。
この国が裕福になって数はかなり減ったが、それでも数年に1度は子供が捨て置かれる事がある。
でもそれは最悪の答え。まだ1日しか探してないのにその結論を出すのは早過ぎる。
だがもし本当に捨て子だったら……
「私が育てちゃおっかな……」
そう呟いた時、近くで誰かの咳込む声が聞こえた。声のする方を見ると公園の前を通り過ぎようとする1人のお爺さんがいた。
咳は全く止まる気配を見せず、お爺さんは苦しそうに息を詰まらせる。ついには完全に立ち止まり膝をついてしまう。
「今日はやたら不調な人に会うな……」
そう思いつつも放っておく訳にいかず駆け寄るスピカ。
お爺さんは大丈夫と強がってみせるが咳込みながら言われても説得力がない。近くの病院まで行きましょうと言うと、またしても待ってくれと引き止められる。
「実は病院から入院を薦められたんじゃが、ゴホッ……
拒否して逃げて来たところなのじゃ。」
病院には戻りたく無い。それにここからなら病院よりも自宅の方が近い。お爺さんはそう主張して立ち上がり再び歩き出した。ヨタヨタした歩みでいつ転んでもおかしくない。
心配したスピカはせめて家までは付き添う事にした。
——お爺さん宅——
徒歩1分の距離を10分かけてようやく家まで着いた。
少女のあってない様な手助けを借りながらお爺さんをベッドで横にさせる。だいぶマシになった様だがまだ少し咳が出ている。
お爺さんは介抱するスピカを見てある事に気付く。
「そのアミュレットは……
星教の司祭様でしたか。」
身体を起こしスピカに対し礼をするお爺さん。どうやら今では珍しい星教の信者のようだ。
スピカは無理しないで大丈夫ですよと再び横にさせる。
部屋の大きさや家具の数から見て一人暮らしの様だ。なら尚更なんで入院を拒否したのか?そう尋ねるスピカにお爺さんは恥ずかしそうに答える。
「肺の病気なのですが、治すためには手術で悪い肺を摘出しなければならないと言われまして……」
「それで?」
「怖かったのです。身体を開いて臓器を取り出すというのが……
身体の一部が切り取られるのじゃよ?正気じゃないと思わんかの?」
「気持ちはわからないでもないですが、だからって……」
強引にでも病院に連れて行った方が良かったかな?ちょっと脅しっぽくそう言うスピカにお爺さんは慌てて弁明する。
「儂の様なジジイには昔ながらの治療法が合っとるのです。
ずっと服用していた薬が隣の部屋の棚にまだ残っていたはず。それを飲めばしばらくは大丈夫ですじゃ。」
棚を確認するとその薬は古くからある星教会が作る調合薬だった。星教会は薬剤の知識も蓄えている。この薬の様に自然の薬草等を用いて調合薬を作り、希望する人に無償で提供している。
だが医療技術が発達した今では効果の薄い星教の調合薬を頼る人は殆どいない。お爺さんの様な高齢者にたまにいるぐらいだ。
「よしっ!
せっかくだから伝統のやり方で飲まして上げますか!」
スピカはコップ一杯の水を用意し、その前で手を組み祈りの言葉を口ずさむ。
「神よ。奇蹟の力を分け与えください。」
首に下げていたアミュレットを手に取り、その中に隠されていた針を1本取り出す。その針で人差し指に小さな傷を付け、一滴の血をコップの水へ落とす。血はあっという間に水に溶け透明になった。
この一連の動作を不思議そうに見ていた少女に、言葉が通じないと分かりつつも説明する。
「星教ではね、神様の血は万病を治したって言われているの。
これはそのマネごと。神様みたいな奇蹟が起こせます様にってお願いの意味を込めてやるのよ。」
真剣そうに耳を傾ける少女。まさか通じているのだろうか?
そう思った矢先、少女はテーブルに置いていた針を手に取りスピカのマネをして指先に刺してしまった。
「何してるの!?」
制止にも動じず、少女はそのままコップに一滴の血を垂らす。
子供はしなくていい!とスピカは初めて少女を叱る。すると許してと言わんばかりに抱きついてきた。卑怯極まりないが、こんなことをされてはこれ以上怒れない。
「どうかしましたかの?」
隣の部屋ではさっきの怒声についてお爺さんが心配していた。大したことじゃないとあった出来事を話すと……
「ではこの水には2人分の奇蹟の力が込められておりますな。ホッホッホッ!」
お爺さんは愉快そうに薬と水を飲み干した。
窓の外を見るとすっかり陽が落ちている。今日は一旦帰って、また明日少女のご両親を探そう。
お礼をさせて欲しいというお爺さんに教会の場所と名前だけを教えてスピカ達は家を出た。
「そうだ。
さっき刺しちゃった指見せて。」
少女の手にアミュレットをかざすとスピカは何やら集中し始めた。すると一瞬だけアミュレットがぼんやり光った。
すると少女の指の傷は綺麗に塞がっていた。
「どう?凄いでしょ?
星教にはこういう”奇蹟の技”が7つも伝わってるのよ!」
得意げにそう言ったかと思ったら、その後すぐに虚そうに表情を暗くする。
「絆創膏貼ってれば治る程度の傷しか治せないけど……」
奇蹟の技と大層な言い方をしたが、その力は神のそれとは比較にならない程小さい。お爺さんの病気はおろか、昼間に会ったあの店員を元気にさせる事すらできない。
スピカにできるのは「大丈夫ですか?」と声を掛けるのが精一杯。それも結構だと断られればそれ以上踏み込めない。踏み込んだところでどうすることもできないからだ。
「神様みたいな奇蹟を起こせればな……
そうすれば教会に閑古鳥が鳴くこともなくなるのに……」
自分の無力さに少し打ち拉がれる。
だがせめてこの子だけは助けようとスピカは少女の手を引くのだった。