16節
文字数 2,271文字
何でここが……!!?」
「違う違う。
そんなの気にしてる場合じゃないってわからない?」
「見張りはどうしたんや!?」
「それも全然違う。
敵がこんな近くまで来てるのよ?他にやるべき事があるでしょ?
まずすべき事は……」
スピカがガンギマリの目で睨む。
「死ぬ覚悟だよッ!!」
「ヒィィッ!?」
命の危機を悟ったマルフィクは背を向けて走り出した。
人を強引に押し除けながら一直線に唯一の出入り口へと逃げる。
しかし、扉の前にはアクベンスとデネボラが立っていた。
「ここは通さんッ!!」
「外の見張りはみんな降参から、助け呼んだって誰も来ないよ!」
敵に居場所がバレない様にする対策は万全だったマルフィクだが、バレた場合の対策はザルだった。
パーティ会場の入り口を見張っていたのはほんの3人。その3人も巨漢のアクベンスが凄みを利かせただけですぐに降参。あっさり道を開けた。
たかが詐欺師のボディガードの質なんて、こんなものだろう。
逃げられないと分かりマルフィクは方向を変え再び駆け出した。
向かったのは余興用のパフォーマンスステージ。
そこで歌を披露していた女からマイクを引ったくると、大声でこう叫んだ。
「お前らッ!!命令だッ!
誰でもイイから、あそこにいる女をボコしてまえッ!!」
パーティ客にスピカを攻撃する様に命じる。
今この会場には100人以上集まっている。全員を一斉に暴れさせれば、自分が逃げる隙ぐらい作れると踏んだのだ。
「一発殴る毎に1万やるッ!
オラッ!さっさとやれッ!!」
「え?マジ?」「ヤリッ!ボーナスチャンス!!」
金に釣られてパーティ客が一斉に動き出した。
100人以上の敵がスピカ達を取り囲む!
「やるって言うなら相手になるけど、私が誰か分かってるの?」
スピカはよく見てろと言い、徐ろに部屋を支える鉄柱を拳で叩いた。
すると……!?
[ゴオオオオンンンンッッ!!!]
まるで特大の銅羅を力一杯叩いたかの様な轟音が流れる。
耳を塞がずにはいられない音が四方を囲む壁や床天井に反響し、騒がしかった会場が一気にシンと静まり返る。
「な、何だこの音!?」
「あの女が柱を叩いた音だ!!」
「あんなデカい音出すって、一体どんな怪力なんだよッ!?」
大きな音に萎縮するのは全ての動物に共通する本能。
怯える視線が集まる中、スピカは名乗りを上げる。
「私は星教会の司祭。
『奇蹟を呼ぶ女司祭』って言えばわかるかしら?」
「それって新聞に載ってた、吸血鬼を倒したっていう……!!」
「あのオープン間近だったデカいホテルをぶっ壊したのもソイツだって聞いたぞ!?」
「マジかよ!?
ヤベェ……!手ェ出したら殺される!?」
デカい音とヤバい噂。
概ねの人間はこの2つを警戒する。2つとも揃っていれば尚更だ。
その証拠にスピカが一歩踏み出すと、群衆がサッと避けて道を開けた。
「な、何やっとんねん!
このワイがヤレ言うとんねんぞ!!」
「…………」「…………」「…………」
誰もマルフィクと目を合わせない。
いくら命じようとスピカの歩みを止める者は現れない。
当然だろう。
何故ならここに居るのは全員、マルフィクに見込まれた人間だからだ。
弱い者には冷徹だが、強い者には絶対逆らわない。
傲慢でプライドが高いのに、保身的でビビり。
そんな奴らの集まりだ。
強いかもしれない。勝てないかもしれない。
その可能性がある相手に立ち向かう勇気など有りはしない。
そんなものがあったら、そもそもここに呼ばれていないのだから。
「テメェら負け犬の冴えない人生を変えてやったんは誰やねんッ!!
恩人であるオレすら守ろうとせんのかッ!?
このクソ野郎共がッ!!!」
ステージ上で喚くマルフィク。そこに遂にスピカが辿り着く。
反応を返さないパーティ客達に代わり、スピカが返答する。
「クソ野郎、か……
幼稚だけど的確な表現ね。性根が腐ってる奴の呼称として。
だとしたらクソに頼って生きてるお前は、差し詰め”便所バエ”ってとこかしら。」
「便所バエ……!?
この、ワイが……!?」
「だってそうでしょ?
クソを集めてイイ気になって、クソから得た金で私腹を満たしてる。
そして今はクソなんかに必死で助けを求めてる。
この世からクソ野郎が居なくなったら、お前生きていけないじゃない。」
スピカはアミュレットを手に取り、力強く握り締める。
するとその手から稲妻の様な光が迸る!
「クソは肥やせば肥料になる。
時間と手間を掛ける必要はあるけど、まだ役立てる道が残されてると言えるでしょうね。
でも、便所バエはどうやったって害虫よ!
駆除する以外に選択肢は……無いッ!!」
この目……本気だ!!
一切の手心無く。僅かな容赦も慈悲も無く。全力で殺る気だ!!
気迫に押されドンドン後退るマルフィク。
ステージ端まで追い込まれ逃げ場が無くなった彼は、それまでの尊大な態度を一変させた。
「ゆ、許してくれ!!
……いや、許して下さいッ!!金なら返しますぅ〜ッ!!」
情けない声で命乞いをするマルフィク。
しかしスピカから放たれる稲光は益々激しく、力強くなっていく。
「ダ、ダメですか?
なら2倍……いや3倍!!
好きなだけ払うから命だけは……ッ!?」
「ブンブンうるさいハエね。
いいから黙って……」
スピカが腰落として上半身を捻る。
同時に最大級の力が拳一点に手中する!!
「死んどけやァァァァッ!!!」
抉り込む様に放たれた右ストレート。
雷に打たれた様な衝撃が全身を駆け巡り、マルフィクは卒倒するのだった。