2節
文字数 2,663文字
「皆さん、これより昼食を提供致します。頂かれる方はお並び下さい。
く れ ぐ れ も ッ!!
順を争ったりしない様に。」
アクベンスのアナウンスでスピカ達が料理を運び入れる。
メニューはアクベンスが前日に作っておいた野菜のスープ。
そしてスピカとビエラが作ったジャガイモと香草を合わせた焼き物。
そしてベーシックな麦パン。
いずれも質素だが無料で配られる料理としては十分過ぎる内容だろう。
配給が始まるとすぐに長蛇の列が出来上がる。
アクベンスがスープ、スピカが焼き物、ビエラがパンを担当し順に配っていく。
アクベンスの忠告が効いているのか、特にトラブルも無くスムーズに列は進む。
その最中、スピカは不意に名前を呼ばれた。
「スピカ司祭、やっほ〜!!」
「え?
……あ!デネボラ店長!」
そこに居たのはかつてビエラの服を選んでくれた服飾店の店員。
今は自分の喫茶店を経営しているデネボラだった。
「どうしたの、こんなとこで?」
「恥ずかしいんだけど配給を貰いに……アハハ!」
「あ、当たり前か……
はい、どうぞ!」
「サンキュー!
せっかくだからこの後一緒に食べていい?」
「ええ、よろこんで!」
「じゃあ席取っとくね!」
その後、配給を配り終えたスピカとビエラは自分達の分を取り、約束通りデネボラと合流する。
スピカ達が席に着いた事で全員の食事の準備が整った。
それを確認したアクベンスは祭壇に移動し皆に語り掛ける。
「皆さん、手を組み合わせ目を閉じて下さい。
そしてあなたが今最も感謝したい方を想い描くのです。
家族、恋人、友人。或いはこの食事を提供下さった方々。誰でも結構。
その方へ祈りを捧げるのです。”幸多かれ”と。
感謝無き生に真の充足はありません。
また感謝できる心がある限り、真の貧しさは訪れないのです。」
食事前のプチ祈祷。古くからある”いただきます”の様な風習だ。
過去の風習が次々失われつつある昨今ではサッと終わらせる人や、そもそもやらない人も多い。
だがアクベンスはこの所作を大事に思っている様で、これをする事を配給を受け取る唯一の条件としている。
「流石大先輩!言う事が聖職者っぽい!!
今度マネしよ。」
「(´・д・) ニアワナイトオモウ」
十秒程のお祈りを終え昼食を始める。
食事自体には特にルールは無い。じっくり味わうも、さっさと食べて帰るも自由だ。
スピカはデネボラと雑談しながら賑やかに食事を取る。
「へ〜、デネボラ店長ってこの近くに住んでるんだ。
1人暮らし?」
「ウン。
14の時から住んでるんだけど、もう狭くて狭くて!」
「そんな子供の時から?
それってもしかして……」
「アハハ!バレちゃった?
私、家出娘なんだ。一度も家に帰ってないから今年で家出10周年!!」
「そんな記念祝えないから……」
デネボラの意外な一面に驚いていると、アクベンスが自分の昼食分を持ってやって来た。
「貴女は元来頑固ですからね。
しかしそれが良いところでもある。」
「お!アクベンス司祭長!
ご馳走になってまーすっ!!」
どうやらアクベンスとデネボラは互いによく知る仲の様だ。
聞いてみると、デネボラは家出した当初からアクベンスにお世話になっているとの事。
子供で家を借りられなかったデネボラに、今も住むアパートを手配したのも彼だ。
「意外!?
アクベンス司祭長なら、殴って気絶させてでも家に帰らせそうなのに……」
「いやいや、家出は良いものです!
親元を離れ、その庇護無しで生きる。世の厳しさ、生活の大変さ、そして己の無力さを知る良い機会でしょう!
……最も、彼女の場合は違いましたが。」
家出推進派のアクベンスだが、決して家出した子供に甘い訳ではない。
路頭に迷って体を壊さぬ様、住む場所こそ与えるが手を貸すのはそれだけ。食べ物や服、その他生きる為に必要な物は一切手助けしない。
デネボラも初めはヘルパーとして小さな仕事に従事し、なんとか食い繋ぐ日々だった。極貧中の極貧生活だ。
殆どの子供はそれに耐えられず家に帰っていくのだが、彼女は折れなかった。寧ろその生活を楽しんですらいた。
働きっぷりも実に真面目で誠実。自ら工夫して期待以上の成果を何度も上げた。
次第に彼女には名指しで仕事の依頼が入る様に。
トントン拍子でステップアップし、最終的にはトップクラスの競争率を誇る例の服飾店で雇われるまでになった。
ただ、人気で有名であれば良い職場である、とは限らない。
その服飾店で色々辛い目にあった結果、退職を決意。今は完全自費で喫茶店を経営している。
(※詳しくは第7章参照)
「頑張って結果を出し続けた結果、行き着いたのがハラスメントだらけの職場か……
世の中不条理だなぁ……」
「(´・△・`) カワイソウ…」
「もういいよ、前の職場の話は〜!
今は自分の店で思うまま働けて、メッチャ楽しいもん!!」
「しかしここに来たという事は、経営はあまり上手くいっていない様ですね?」
(おお……ズバッと言うな……)
いくらデネボラが優秀であろうと、商売はそれだけで上手くいくものではない。
今現在、喫茶店の経営は赤字。貯金を切り崩しながらの生活が続いている。
ここの配給を貰いに来たのも、少しでも節約になればと考えての事だ。
「またここで仕事を探しますか?
貴女なら長期雇用してくれる先もすぐ見つかるでしょう。」
「う〜ん……
貯金がゼロになって、いよいよ生活ヤバい!ってなったらお世話になるかも?
でも今はイイ。
さっきも言ったけど今の仕事が楽しいから!辞める気は全然無い!」
そう言う彼女の笑顔には一点の曇りもない。服飾店で働いていた時より随分元気に見える。
収入面は厳しくなったかも知れないが、強がりや見栄で言っている訳ではなさそう。
この若さで自分に合った生き方を見つけられたとは羨ましい限りだ。
「スピカ司祭だって仕事楽しそうじゃん!」
「ん〜……、まぁそうね。
ノビノビやらせて貰ってると思うわ。
最近は誰かさんに監視されてるせいで、ちょっと息苦しいけど……」
「そんな事を言ってはいけませんぞ!
あの方に師事して頂けるなんて羨ましい事なのです!」
「は〜い……」
(誰の事だろ??)
そんな雑談を楽しんでいた時の事だった。
突然教会のドアが開かれ、何者かが集団で押し入って来た。
その中の1人、先頭で集団を率いていた者が、教会のど真ん中でこう大声で発言した。
「お前らよ〜く見とけよ!ここにいるヤツらを!
これが……”弱者”っていうゴミ共だ!!」