3節
文字数 2,501文字
そこは会場の中心に設置された円形の舞台であり、360度好きな角度から観覧することができるようになっていた。
どの時間にどこの工房がステージを使うかは予め決められている。その中でわざわざ開始前に全体放送で連絡があるのはシグナス工房だけ。
さすがは不動のナンバーワン。一流技師が集まるこの場に置いても特別と言ったところだろうか。
否が応にも高まる期待。一体どんなプレゼンを見せてくれるのだろうか?
「大丈夫かな……」
「どういう意味ですか?」
「デネブは極度の人見知りなんです。
こんな大勢の前に立って平静でいられるタイプじゃ……」
「あ!誰か出て来ましたよ!」
舞台に上がったのは予想していたよりもひと回りくらい若い男性。40歳前後だろうか。
ビシッと決めた短髪のオールバック。皺一つないオシャレスーツ。ピカピカに磨かれた革靴。スポットライトを反射しキラリと光る腕時計は明らかにブランド品だ。
観客の歓声に対して白い歯を覗かせながら、爽やかに手を振る姿にはオーラが溢れている。
「あれがデネブ技師……?
想像と全然違う……」
「違う……
あれはデネブじゃない……」
「え?」
デネブじゃない。確信を持ってそう言い切るアルタイル。
だとしたらあれは誰なのか?登壇した男はマイクを握り、堂々と胸を張って第一声を上げる。
「皆さん、お集まりいただきどうもありがとう!
シグナス工房、副工房長のアンサー=ヴルペクラです!」
副工房長?ならデネブは何処に?
近くに来て居ないか見渡すスピカとアルタイル。そんな2人にアルデバランはボソッと衝撃的な事を告げる。
「デネブ技師なら会場に来てすらませんよ。」
「本当かい!?
毎年来てると聞いていたのに、何で……」
「それを確かめに来たんですよ。自分はね。」
「何だって……?」
アルデバランの言う通りデネブがその姿を見せないまま、シグナス工房が紹介する新機工が運び込まれる。
かなり大きいサイズだが全体が赤い布で覆い隠されている。隠されると嫌でも興味を惹かれるのが人間心理。デネブの事も気になるが、ついついステージに見入ってしまう。
「今日、私が紹介する新機工はこちらッ!」
張り上げた声で注目を集めながら、アンサーが布を勢い良く取り払った。
姿を見せたのは1台の自動車。見た目からは特に変わったところは見当たらない。
さぞ驚きの機能が隠されているのだろうと観客の注目が集まる。しかしアンサーから出た言葉は、悪い意味で予想を裏切るものだった。
「こちらの自動車には素晴らしい機能を持っています。
アクセルを踏めば前進し、ブレーキを踏めば止まる。
ハンドルを右に回せば右に曲がり、左に回せば左に曲がる。
どうですか?素晴らしいでしょう?」
数千という観客が拍手ひとつせず静まり返る。
アピールされたのはどれも自動車にはあって当然。無ければ自動車とは呼べない程の基本的機能。
それをわざわざ初めに言うなんて、この自動車には大した機能がないと白状しているようなものだ。
「今年のシグナス工房はハズレか……」
「フッフッフッ、これならウチの工房の圧勝だ!」
「こりゃ王座陥落だな。」
周りの人は期待を裏切られた落胆、勝利を確信した歓喜といった様々な反応を示した。その反応を確かめるようにステージの上からアンサーは周りを見渡す。
冷めた反応を見ても自信げな表情はピクリとも崩れない。寧ろ狙い通りといった感じでほくそ笑んでいる様にすら見える。
少しの間を置いて彼は再び口を開く。
「おやおや、ガッカリさせてしまいましたか……
これはお詫びをしなければいけないな。
そうですねぇ……、この自動車の値段をお値打ち価格にするという事でいかがですか?
お値段はズバリ!98万ゴールドです!!」
この宣言により響めきが湧き起こる。
今までの自動車と言えば500万ゴールドを超える事が当たり前。中古車ですら200万を切る事は稀だ。
それがなんと新車で100万以下だと言うのだから当然の反応。もし本当なのだとしたら完璧な価格破壊。車市場の相場がひっくり返る。
98万ゴールドなら平均的な収入の人でも、頑張って1,2年節約すれば買える。
ずっと無縁だと思っていた自動車がいきなり手の届く範囲まで近付いて来た。スピカも前のめりでプレゼンに食い付く。
アンサーは駄目押しと言わんばかりに、もう一つの驚きの発表をする。
「更になんと!
この自動車には”シグナスエンジン”を搭載します!!」
シグナスエンジンと言えば高出力かつ低燃費を実現した、現代最高のエンジン規格。
デネブの産み出した数ある機工の中でも最も有名な最高傑作。デネブの名前を世界に広めたキッカケでもある。
それを自動車に利用した場合どうなるか?
アンサーが公開したデータによると、何と既に市場に出ている平均的な車と比べて燃費が45%も削減されるというのだ。
つまり運用費も安く抑えられる。お財布に優しい要素だらけだ。
このショウで今まで見て来た機工はどれもこれも、如何に最先端の技術を盛り込むかに焦点が合わされていた。だからコストの事を度外視し、馬鹿みたいな値段が付いていた。
高い技術力を注ぎ込んだからといって、買い手のニーズや貯蓄事情に合っていなければ売れない。
技術競争が激し過ぎて、そんな当たり前の事が見えなくなっていた工房ばかりだった。
だがシグナス工房は違う。既存の技術を応用し、安く商品を提供する事に注力した。
他の工房より時代の一手二手先を読んでいる。
これは間違いなく売れる!それも爆発的に!!
「これからは自動車のみならず、あらゆる機工品をお値打ち価格で提供しましょう!
全てのコスモス国民……
いや、世界中の人々にシグナス工房の機工を愛用して頂くためにッ!!」
アンサーがステージの中心で高らかにそう宣言する。
鳴り止まない盛大なスタンディングオベーションとフラッシュの嵐は、これからもシグナス工房がトップであり続ける事を、誰もが認めている証だった。
たった1人を除いて……
「いいねぇ、こうでなきゃ秘密の暴きがいが無い……
フフフ……」